10話
5月8日午前6時半
東京駅
北海道が戦時とは言え、本州は至って平穏で、この日もいつもと同じ様に東京駅は活気に溢れていた。その瞬間までは…………
「きゃあああああぁああああ!!!!」
突如、女性の悲鳴が響き渡り、駅員や通勤途中の憲兵隊に近衛師団などに所属する警務軍人、警官や消防士に政府省庁の調査官らが悲鳴が聞こえた方角へ向かう。
するとそこには多数の人が倒れている光景が広がっていたのである。
「た、大変だ!!」
近衛師団の隊員、野島銀太がそう言うと初老近くの背広姿の男が現れ、野島は彼に対して敬礼をする。男の正体は司法次官の山部武夫だ。
ナイフで切られたあと、担架に寝させられていた駅員が立ち上がろうとする山部はその駅員に気を使って「そのままで良いから、君が見た男の特徴は分かっているかね?」と聞く。すると怪我を負った駅員が「はい、男はやや長身気味のやせ形で……トレンチコートと帽子をかぶっていました……顔は本村と言う新人議員によく似ていました……」と続いた。
山部次官は「本村議員ってあの本村東か?」と言う。
すると山部の言葉に近衛師団所属の大尉、野島が反応する。
「さっきの男は本村東によく似ているらしいな。憲兵隊の調査だと有名な共産主義者らしく、かつて陸軍に兵卒として入っていたと栗林大将から聞いておりますし、彼から聞いたところ鳩島と共謀して帝国の転覆を狙っているとの事だ」
それを聞いた野島は「まさか帝都のど真ん中で…………」と言い、本村の走った方へ向かう。
「事態は最悪な方向に向かいそうだな…………」と呟き、駅員に電話を借りて首相官邸に事態を伝えたのである。
首相官邸
「出勤途中に山部司法次官からの報告が入りました!」
職員が山本総理にそう言うと山本は続ける様に言い、その職員は「総理。山部次官の報告によれば犯人の1人に本村東が含まれる模様です」と伝える。
すると山本は「鳩島は東大、本村は帝経大と2人ともエリートだな……………これまた厄介な事になりそうだな」と呟く。
それに加え、3日前に発生した羽田発大阪行きの帝国航空71便墜落未遂事で、同機勤務の航法士に取り押さえられ、偶然大阪出張に向かうべく乗っていた鷹田軍太憲兵少尉に射殺されたパイロット、清瀬大七太郎も共産党員であったと言う。
「そうだな…………調査は1週間で終わらせよう。良いな?」
山本総理がそう提案すると陸海軍大臣に憲兵長官、司法大臣に帝国裁判所大審院長(今で言う最高判事)、警察庁長官、警視長官や総務大臣らが同意する。
だが、犯人は一向に捕まる気配が無く、警視庁、司法省、憲兵、近衛師団は帝都全体の警備を厳しくする戒厳令を敷いてほしいと山本総理に要請。
山本総理はそれを受託し、戒厳令を敷き次の事件が発生するのに備えた。
そして数日後、憲兵が張り込んでいた本村邸で1人の男を捕らえると芋づる式に犯人4名が逮捕されたが、既に本村は米国の貨物船に不法乗船して上海経由で中国北東部に逃げ込もうとしたが、同地の中華民国軍の手で射殺されていたのである。
「本村は中華民国軍の手で処分されました」
憲兵隊所属の通信員がそう報告すると山本は「わかった。ご苦労様だった」と呟き村木外相と中華民国大使に対し、料亭に来るように伝えたのである。
12日中国、吉林省長春市
この町に位置するとある飯店の貸切状態と書かれた札が掛かった食堂の中では、回転式の机の周りに東欧系の厳つい男と軍人がそれぞれ1人、東洋系の男が座り、その男の横にはやや太めの通訳らしき男が座っていた。
「イワノフ中将。北海道は後、何ヵ月で落とせそうですか?」
東洋系の男がそう聞くとオリーブ色の軍服を着た男は「はい、あと1ヶ月もすれば北海・バルト艦隊の一部が太平洋に到着します。そうすれば鳩島さん、貴方の夢見た国が建国出来るでしょう」と呟き、通訳がそれを翻訳し、鳩島に伝える。
鳩島はニヤリとたちの悪い笑みを浮かべて「無論、日本人民国亡命政府を貴国は正当なる日本政府として認めてくれますまよね?」と続いた。
すると軍服の男の横にいた外交官とおぼしき背広の男が「もちろん」と言い、鳩島は豪快に笑い、2人に対し酒を進める。
邪悪な野心家、鳩島史郎の野望を真っ向から粉砕出来るのは優秀な戦略家山本五十六の策略だけだ。
帝国の運命は山本総理と陸軍の栗林忠道、海軍の小沢治三郎両大将の3人にかかっていると言っても過言ではない。