Toy Box
「失礼いたします。王様、税制についてなのですが…」
宰相がことわってから入ると、広い部屋の玉座に年若い王様が座っていた。
この王様が王位を継承したのが16歳で現在は17歳。年若いと言ってもこの国では王位を継承するのは代々16歳なのでおかしいということはない。この歳で妻が一人もいないというのは王様としては珍しいが…。
「お……」
宰相の動きが一瞬止まった。息をついてから玉座をもう一度見る。偉そうに頬づえをついている王様……と、その膝に座って王様にもたれかかっている少年がいた。
宰相が咳払いをしてからまた口を開く。
「殿下…いつの間にいらしていたんですか…?」
「うん。さっき」
少年が膝に乗ったままニコニコと笑う。宰相が殿下と呼びかけたこの少年は王様の従兄弟にあたる隣国の王子。王様とは3歳差で、多分なついている。従兄弟なので国家間のしがらみという物が無に等しく、すごく気軽に遊びにきてしまう。
「来る時は前もって言うようにと申し上げませんでしたか?」
「まだ子供なんだから許してよ」
「そんなことばかり言っていると入国を制限しますよ」
「お前が?お前風情にそんなことができるのか?一国の王子相手にそんなことができると思ってるのか?」
先ほどとはまったく違って声色で嘲笑気味に言った。あくまで王様の膝の上で。
お前風情などと言われているが宰相は政治面では王様の次に偉い。国内でも敵う者はそういない。
「…で、税制がどうした?」
存在を忘れかけられていた王様が宰相と王子の間に割って入った。宰相が改めて口を開く。
「少し財政に余裕が出来たので税金を引き下げようかと」
「余裕が出たなら食事代に回せ。一ヶ月ぶりに牛肉が食べたい」
「王様が民のことを最初に考えないでどうするんですか。税金を引き下げますよ」
「そうだぞ。民のことを第一に考えるのが王様の仕事だ」
宰相側に王子ものる。王様がいきりたって怒鳴った。
「毎日白飯だけっていうのは王様の食事じゃないだろ!!節約するならお前の給料から引け!!」
宰相をビシッと指差した。宰相が肩をすくめる。
「そうなったら宰相がいなくなるだけですよ。文句など言わずこれにサインすればいいんです」
宰相が書類を王様の机に置いた。
「誰が…」
「王様はサインだけすればいいんです。その方が国政は回るものですよ」
遠回しに邪魔だから口答えするなと言って宰相が笑った。
王様は王子を膝に乗せたまま半泣きでサインを書く。
「くそぉ…涙で前が」
「ありがとうございました」
宰相が書面をひったくる。
「せめて最後まで聞け!!」
「…これでいいでしょう」
王様を完全無視で宰相が言った。やり手の宰相などというものは大体こんなものだろう。
「それにしても…相変わらずの悪筆で」
「うるせぇ!!」
「そんなに酷いの?見せて」
王子が宰相の方に手を伸ばす。宰相が書面を見せると口を開けたまま黙った。
「……よくそれで通るね」
「ミミズがのたくったような字でも国王の直筆には違いありませんから」
「お前ら…俺をいじって楽しいか…?」
宰相が微笑んだ。王子が王様に哀れみをこめた目を向ける。
「……口で言え…」
「本当に気づいてないの?」
餓死寸前の動物を見るかのような目に変わった。
「いや…いい…。お前らの答えは大体分かった…」
王様がうなだれる。
「ところで王様」
「まだなんかあるのか?」
宰相が何か言いたげに口を開いてはまた閉じる。
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「妻をめとらないと思っていましたら…」
宰相が玉座を一瞥する。膝から落ちないように王様が王子を抱えている。
「だからはっきりしろ!!」
「男色家だったんですね」
「だん、しょく?」
膝の上の王子が怪訝そうにしている。
「俺は男好きじゃねぇ!!」
血管を浮かび上がらせて王様が怒鳴った。
そこにバタンと大きな音を立てて長衣に杖を持った男が駆け込んできた。長衣でよく走れたなぁ。
「陛下!!」
「今度はなんだ!!」
「今の話は本当ですか!?」
「何が!?」
「陛下が男色家だという話です!!それはいけません!!後継ができないではないですか!!」
「神官、その話もう引っ張らなくていいから」
王子が男に言いながら立ち上がる。王様は深くため息をついて、神官の方を見ている。
神官という役職は基本的に国や王様のために神に祈るのが仕事なのだが、ここにいる神官は冠婚葬祭を担っているので、王様が妻をめとらないことを過剰に心配しているのだ。多分。
「ですがいつまでも王妃がいないのは困るのですよ陛下。前国王は15歳で第一妃を…」
「神官、その手の話は長くなるのでやめていただけませんか?」
「ですが…」
「やめろ!!まだ早い!!」
神官の話を王様が遮る。神官は王様に侮蔑をこめた目を向けて呟いた。
「このヘタレが」
呟きが聞こえてしまった王様が口をパクパクさせる。
「へた…れ…」
「王なら覚悟決めろよ、ヘタレ」
王子も神官側に参加する。
「ヘタレでも別によろしいのですが、王様がヘタレっていうのはいかがなものかと」
「ヘタレ王子なら通用しそうな気がする」
「もう王子じゃないんですからしっかりしていただけませんか?」
「さっさと王妃を決めろよ、ヘタレキング」
神官の口が段々悪くなってきた。
「連呼す」
「失礼します」
王様が怒鳴ろうとしたところに城を守る衛兵の長が入ってきた。王様は言葉を無理矢理飲み込んだ。
「どうしました?」
宰相が衛兵に声をかける。衛兵が物言いたげに玉座に一人座る王様を見た。
「なんだ?」
「…ヘタレキング…」
王様の怒りが臨界点を突破した。
「ヘタレじゃねぇ!!しかもヘタレキングってなんだ!!衛兵にまで言われたくねぇ!!」
衛兵は何も言わない。
「言われたくなかったら王妃をお決めしては?」
「決めたってどうせ他のことでいじるんだろ?」
宰相と神官が微笑んだ。王子は何か満足そうな顔をしている。衛兵は無表情、ではなくほのかに笑っていた。
「…もういい」
そう言うと王様は膝を抱えてうつ向いた。玉座の上で体育座りはかなりみじめだった。
「国王はここか!!」
無駄に大きな音を立てて扉が開いた。手に武器を持った荒々しい男たちが入ってくる。
「衛兵、何をしてるんですか?」
宰相が微笑みを崩さずに聞く。
「これを報告しに来たんです」
「遅い!」
衛兵に四人が一斉にツッコミを入れた。
「来てすぐ報告しなよ!!」
「……」
「無視するんじゃねぇ!!国王出せ!!」
宰相と王子が顔を見合わせた。
「どうぞ」
道をあけて王様を指差す。
「見捨てた!?」
侵入者もあまりにあっさりと国王を差し出されて戸惑っている。
「城に侵入していったい何が目的ですか?」
王様を差し出す前に言うべきことを宰相がやっと聞いた。侵入者たちは待ってましたとばかりに口を開く。
「税金を下げろ!!」
「今のままだと生活費しか残らないんだよ!!」
王子が呆れ顔で言う。
「…この国の税率は低いと思うけど」
「しかもさっきその話をしていたところなのですが」
侵入者たちが驚きの表情を浮かべる。まとめ役らしき男が一歩前に出てまくしたてた。
「そもそも王政自体が古いんだ!!今の時代は民主政だろ!!」
「そうだそうだ!!」
「王政倒れろ!!」
「そうだそうだ!!」
勢いづいた男が隙だらけの王様に切りかかった。金属音が響く。王様を守ったのは衛兵、ではなく神官だった。長い杖で剣をしっかりと止めている。
「神官…!!」
やる時はやるんだなぁと王様が感動した。が…。
「俺達の玩具とるんじゃねぇ!!」
「玩具かよ!!」
侵入者を含めた皆がツッコミを入れた。そして皆のやる気が削げたところに宰相が言った。
「衛兵、確保」
衛兵と神官が次々に侵入者を捕まえる。最後は全員を牢屋に入れた。
こうして国の小規模なクーデターは終わった。
その後、税率は引き下げられ、国民の生活は安定した。しかし王様の食事は白飯が麦飯へと宰相の圧力で一ヶ月ほど変えられていたそうだ。
めでたしめでたし。
はい、めでたくない!!というツッコミは不要ですよ。この話は王様をいじめ…いえ、いじりたおしてこそ意味があるんですから。
この物語りは実話をもとに構成されています。これあの人じゃないかと気がついても心の中にしまっておいてください。その人のために。