第1羽『余計なことしました』
遥か遥か昔に伝えられた伝説がある、名は黒魔。その名の正体は幽霊か?妖怪か?はたまた化け物か?それは定かではないが彼等は特に他の動物と変わった特徴もなく、一見するとただのカラスと同じだ。だが、一つだけ彼等にしかない力がある。妖力と呼ばれる不思議な力、その力はただ我等の人間の理解を超えた物とだけ言っておこう。そんな黒魔には一つの決まり事がある。それは数年賭けて己に激しく降りかかる不幸、災いのマイナスの要素にただ耐え続ける事。この決まりが我々人間で例えるならば子から大人へと成長するように、黒魔にとっては大切な儀式である。もし、我々人間が彼等と出会い、観察するなり、どう思ったりするのは自由。だが決してやってはいけない事が一つある。それは、彼等に情けをかける事。彼等の恨みを買いたくなければ、これだけは絶対に破るべからず。
*
「おはよ~ございます」
「おはよー、今日も元気だね?」
「そりゃこんないい天気なら、気分も晴れますよ」
「あんたは相変わらずだね」
皆さんこんにちは。僕の名前は陽照光輝。よく気楽家、マイペースと友達によく言われる15歳の高1です。僕はいつものようにお隣さんと軽い挨拶と会話を交わしてた後、散歩に出かけました。後から思えば今日この日が僕にとっては運命の出会いだったのかもしれません。
「ん?」
自宅前の曲がり角を左に行ってすぐ目の前に僕の視界に入ってきたあったのは、ゴミ捨て場の周りに散らかったゴミと、ただ一匹ギャアギャアと翼を羽ばたかせて喚き散らす一匹のカラスが。
「最近では見ないと思ってたけど、意外とまだこの地域にもいるんだね」
呑気に呟きながらも、なぜ翼を広げているのに飛び立たないのか不思議に思い、目を凝らしてよく見てみるとカラスの足に糸のような物が引っ掛かっているらしく、それが為、空へ飛び立とうにも飛び立つ事ができない。
「可哀そうに、直ぐ助けてあげるからね」
躊躇なくその場に近づこうとする矢先、カラスも陽照に気付いたのか、喚くのを突然止め、大きく広げていた翼も下ろすと、まるで「何見てんだよ?」と言わんばかりに鋭い眼でガンを飛ばす。
「よっぽど気が立ってるんだね」
陽照の言葉が届いているのかいないのか、今度は片方の翼を上げて、「あっち行け」と言わんばかりにシッ!シッ!と片方の翼を羽ばたかせ、そのままそっぽを向くが、当の本人はまるでそんなこと気にせず、しゃがみこむと、どこから取り出したのかカッターナイフでカラスの足元に引っ掛かっている糸をぶつり、と切る。
「はい、これで自由に飛べるね」
その言葉にそっぽを向いていたカラスも陽照の方に視界を戻し、足元を見て自分の状態を把握すると、足元をパタパタを動かし、そのまま羽ばたいて飛び立つかと思いきや、なぜか陽照の目の前まで飛び上がった処で止まり、そして口を開いたかと思うと。
『テメェ今何した?』
「!?」
まるで苛立った不良のような声に一瞬背筋がビクッ、と震えた。何か不味い事でもしたのだろうか?そんな事を考えながら咄嗟に辺りをキョロキョロしながら声の主を探すが、姿が見当たらないまま、また声が聞こえてきた。
『おいコラ、こっち向け』
「えっ?えっ?こ、こっちってどっち?」
動揺しつつも、恐る恐るその声に返答してみると、すぐにまた返って来た。
『前だ、前だ、今テメェの目の前で飛んでんだろうが?』
「!?」
”目の前を飛んでいる”この言葉に該当する者は、ただ一つだけだった。ぎこちない動きでゆっくりカラスの方を振り返る。
『テメェやってくれたなコラァッ!!!!』
「!????!!!!??!?!??!??」
人間本当にびっくりすると、案外声なんて出せない。叫ぼうと喉まで出かけた言葉を呑みこんでしまい、咄嗟の事に頭のパニックにショートを起こしてしまいそうだった。気絶寸前になりながら、ただその場にドタッ、と尻もちをついてしまった。
『とりあえずアレだ、今すぐテメェ家に連れてけや。話はそれからだ』
*
「ただいま」
その言葉の返事はない。別に親がいない訳ではない。一人暮らしをしている訳でもない。彼の両親二人とも仕事の都合上家に居る事はほとんどなく、一年の内1週間家に居れば多い方だ。その代わりに毎月、陽照が一人でも過ごせるよう食費と生活費分の費用を少し多すぎるほど送ってくれている。ついでに付け足すなら家は一般家庭より少し裕福なので、特に問題はない。
『けっ、この家にはテメェ一人かよ?』
「まぁ両親が見たらビックリするだろうから、僕一人の方が良かったよ」
話は戻るが、結局この助けた喋るカラスをなぜか家に上げると言うおかしな状況に陥ってしまった。さっきからカラスの口調も喧嘩腰だし、なぜ助けてイラだたれているのかまったく分らず、訳のわからないまま一先ず、二階に上がり自分の部屋に入れると、早速カラスに『まず座れ』と言われた。
『テメェ本当やってくれたよなァ?マジやってくれたよなァ?どーすんだコレ?おぉ?』
「え~っと、僕は何をやったのかな?」
『自分のやった事を胸に聞いて思い出せ』
「ぼ、僕は足元の糸を切った開けなんですけど?」
『ソレだ!ソレ!!俺が怒ってんのはソレだ!!!』
「えぇ!?」
当然ながら、助けて感謝こそあれ、怒られるなんてまったくもって意味不明だ。
『どーすんだ?俺、もう大人に成長できねーだろ?』
「えっ?何の事?」
『じゃかあしゃッ!!俺達は身に降りかかる不幸を全て耐え、その不幸を糧とする事で、俺達は大人に成長できるんだよ!!』
「か、カラスにそんな儀式があるの?」
『オイ人間コラ、勘違いしてるようだから言っとくが、俺はな外見こそカラスとよく間違われるが、種類その物はまったく違う。俺達は”黒魔”っていう生物だ』
「「クロマ」?」
『「黒魔」!まぁテメェ等人間で言えば、妖怪に近い存在かな?』
「妖怪!?僕初めて見たよ!」
『話逸らすな、俺は別に自分の種類主張してぇ訳じゃないからな!』
「違うの?」
『違うわ!!いいかよく聞け!黒魔には特別な決まり事があってな、俺達は生まれつきの体質か、自分に不幸や災いが半端なく降りかかるんだ』
「例えば?」
『急な大雨に見舞われるわ、雷がまるで自分を狙ってるかのように落ちてくるわ、狂風に吹き飛ばされるわ、野球してる餓鬼どもの打ち上げたボールに命中するわだの、散々な目にかれこれ俺は3年も耐え続けてんだ』
「耐え続ける?」
『あぁそうだよ、さっきも言ったが俺たちは身に掛る不幸を全て耐え、自分で乗り越え、身に降りかかった不幸を糧とし、そして長い時間を掛けてようやく大人へと成長できる!』
「そんなに大人に成長したいの?」
『そりゃそうだ、大人になりゃ一族の奴等から十分に認められるし、何より俺達が持ってる妖力の力も格段に上がる!』
「妖力?」
『まぁ例えば俺が今テメェに声を伝える、このテレパシーみたいなもんも妖力で出来る事の一つだ』
「あぁ、これテレパシーだったの?」
『あぁ、だから今俺の声を聞いてるのはテメェ一人だ』
「へぇ~、僕初めてテレパシーってのを聞いたよ、もしかして世界で初かな?」
『おい、ちょいちょい前向き主張すんな!話逸れる言ってんだろうが!』
「ごめんごめん、続けて続けて」
『……続けるぞ、妖力つーのはテレパシーや念力、まぁ軽いエスパーのようのものだが、大人の黒魔になれりゃ使える能力はこれの比じゃねぇ!』
「っていうと?」
『どこへでも行き来できるテレポートも使える!テレパシーでは半径100m以内の人間全てに俺の声を伝えられる!念力に関しては車だろうが持ち上げれる!』
「へぇ~、見たい見たい」
『早まんなボケがッ!』
「!?」
『あと一週間ぐらい、俺は身に掛るこの不幸を耐え、糧にすりゃ、大人の黒魔になる!成れる筈だったんだ!!!!』
キッ、と睨み、憤怒の感情が込もった声でさらに続ける。
『それをテメェは、俺の足に絡まって糸を斬る!つまりは俺を助けるなんていう絶対の禁止事項をやりやがったッ!!!』
「えっ、不味かったの?」
『ったりめぇだ!俺達の身に掛る不幸は全て自分の力で乗り越えるのが絶対だ!他人の手を一度でも借りたら最後!もう大人にはならねぇ!』
「つ、つまり?」
『まだ分らねぇのか!?俺はテメェのせいで一生この中途半端存在として生きていかなきゃならねぇんだよッ!』
「痛い痛い痛いッ、嘴が痛いよ!」
『やかましい俺も痛いんだよ心が!!これからどうすりゃいいんだ!畜生畜生!死ねこのクソ人間!大人になれりゃこの不幸な体質も卒業なのによ!!』
「じゃ、じゃぁこれからも不幸な目に?」
『嫌、俺の大人になる儀式が無駄になった時点でも、不幸な体質は卒業なんだがな』
「そう、じゃぁよかったじゃん?」
『よくねぇ!俺は三年も不幸を乗り越えてきたんだぞッ!!俺の体質だけじゃなく、俺の努力した三年の時間も全てパァーじゃねぇかオイッ!ざけんな畜生ッ!!」
「まぁまぁ、大人になったら結構大変だよ?大人になってから子供の時は楽しかったな~ってシミジミ思うもんだよ?そう考えれば一生子供のままなんて気が楽でいいじゃん♪」
『阿保かァーーッ!今の状況でシミジミできるかーーッ!加害者の言える台詞じゃねぇし、そもそもお前もまだ餓鬼だろうがッ!』
「でもさ、子供って結構周りから可愛いって思われるもんだよ?一生可愛いままでいられるなんて僕はいいと思うよ?」
『何だそのお前のポジティブすぎる考えッ!!?そんな考えで、「うん。そうだね」って納得できりゃぁ俺はこんなにうろたえてねぇんだよッ!ってか少し謝罪しやがれテメェはッ!なんで今までの会話で、テメェの口から一言も詫びの言葉がねぇんだッ!?』
「まぁまぁ落ち着いて、今お茶でも入れるから」
『いるかァーーッ!!』
*
さすがに熱が入りすぎたのかゼェ、ゼェ、と息を切らしながら、結局陽照の用意したお茶を飲み干しながら一旦落ち着く。
『屈辱だ、こんな餓鬼一人泣き喚かすどころか、出されたお茶に窘められるとは』
「あっ、ある意味これも不幸の一種じゃない?」
『今までの不幸を水の泡にする不幸なんか要らんわッ!ってか、最初に俺が喋った時は腰抜かしてたのに、何で今は平気なんだよッ?』
「驚き慣れたというか」
思わずズコッ、と言わんばかりにベッドに落ち、すぐにまた飛び上がり首をブンブンと振りながら、また陽照にガンを飛ばす。
『とにかくテメェだけは絶対に許さねぇッ!俺の一生を掛けて、テメェを不幸にしてやる!」
「えぇーーっ?」
これが不思議なカラスと僕の出会った運命の日でした。