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杯ノ九百九十七

 頬の緩むにつれて、静馬(しずま)瞑目(めいもく)も深まっていく。そんな穏やかな表情のまま、葉先を揺らすかの如くさっぱりとした声で、

「あんたのお陰だな。」

 今日の日が訪れるまでに…暗い洞窟で過ごす一夜が終わってしまう前に…。人間であった頃に浴びた太陽の光の全てを、温もりの全てを差し出す様に、静馬が呟く。

 『彼女に花を持たせようとしている』。そう解釈したのは著者なのだが…ここまで率直に、ここまで屈託なく笑えるとは、少し意外だ。

 そして月紫(つくし)からしてみれば…『養分に成りたい、与えたい』と思っているのは、むしろ、彼女の方だからな…触れた事のない暖かさに戸惑う程、面白くなさそうな顔付きになってしまう。

 「言いたい事があるのなら、そんな…。回りくどい台詞ばかり選ばないで、はっきり言ってちょうだい。」

 暗がりの中、人知れず(つぼみ)に戻った花。そう簡単には、太陽に向かって花弁を広げたり出来ないのであろう。

 今の月紫には、無償の温もりよりも、冷たい言葉の方が心に響く。日向(ひなた)ではない、闇の中で咲く花の『お陰』と言う『気持ち』を信じられるはずだ。

 そう言う訳で、ここは一つ静馬に、バシッと気の利いた台詞を期待したいのだが…。やはりと言うか、良くも悪くも彼は、期待を裏切らない男らしい。首を右へ、左へと(かし)げつつ、生返事で答える。

 「言いたい事…と言うか、訊きたい事は…あるな。確かに。けど、その前に…。」

 眉根を潜ませる彼女の眼差しの先。一層深く首を傾げて…すると、ニヤついた静馬の頬から、口角の辺りに滑り落ちていくものがある。…そうだ。彼の頬に残っていた涙の粒。

 気付いた月紫が慌てて右手を伸ばす。

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