表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
971/1045

杯ノ九百七十一

 「うん…。」

 (たくま)しい胸倉から後頭部を、背中を離し、俯く。月紫はそうしてから、感慨深そうな声で呟いた。

 単純に、後ろ手で彼を導けば良いと考えていたが…。幾らなんでも、音だけで二人分の足元に気を配るのは無理そうだ。

 追い打ちをかける様に、『夢物語』で見た光景。(ほお)と言わず、顔中傷だらけにした幼い静馬(しずま)が血溜まりに映る。

 耐えかねて、眉根を曇らせた、月紫。固くなった下っ腹に、彼女の小さな右手が…そこへと重なった静馬の左手の、押し込む様な存在感。

 黒目を大きくした紫色の瞳が、吸い寄せられて洞窟の天井を見上げた。…鏡の如き瞳孔で、ちょっと恨めしそうな眼差しを残しつつ…。

 「こうして…静馬を見上げて…。」

「んっ。」

 喉元を逸らし(あえ)ぐ様な声を漏らす。静馬は彼女のその顔を覗き込むと、前のめりになって…トンッと、胸倉を頭で小突かれた。

 まるで、闇雲に歩こうとする幼子を、押し止めるかの如き穏やかさ。自分の方こそ、そうしていた…。月紫の無謀を抑えていた積りの彼からすれば、少なからず、面白くない感触。いっその事、ゴツンッと来られた方がまだしも…笑ってもいられただろう。

 そう言う男の小賢しさ、子供っぽさを感じ取った様だ。例え、目が見えなくとも、耳で足元を探るのに忙しくとも…月紫はこうしたところに鼻が利くからな。

 黒目に映るムスッとした顔へ、愛着の籠った目配せ。それから、楽しげな微笑みを零しながら、

「あんよが上手…。」

 「あぁっ、何を言って…。」

「…とは…して上げられないわね。相手が、私よりも大きい赤ちゃんじゃ…。」

 トンッともう一度、胸倉を叩く月紫の頭。優しい、優しいその感触が、腹の底に落ちる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ