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杯ノ九百七十

 「懐中電灯は持って来ているんだ。けど、道すがら色々あってさ、今はちょっと使い物にならない状態なんだよな。そう言う訳で、帰りは…この洞窟を出る時には、あんたの誘導を大いに期待しているんだが…。」

静馬(しずま)が私の手を引いてくれる。…じゃなくて、私に貴方の手を引かせようと…。」

 彼の表情を瞼の隙間から目敏(めざと)く見つけ、月紫(つくし)は唇を尖らせた。

 覚束ない様子で、ついと彼女の右手を引く。その加減にしろ、一応、『静馬に手を預けておく』理屈は通りそうだ。何より、これから『見通しの利かない道を歩む』彼を導くのは、彼女の好みの理屈だろう。

 実は、目玉を抉らせないよう手を取っ捕まえている…なんて事は、露知らず…。月紫は連なって歩く術すらしらない幼子を諭すかの如く、やんわりと、静馬の左手を引き返した。

 「まぁ、甘えるのが下手な静馬には、何事も勉強よね。いいわ、引っ張るだけが…気を引くだけが催促じゃないって事を、道々教えて上げます。」

 まったく、どの口が言うのやら…。兎にも角にも、気の早い人魚姫さま、『海の魔女』に預けたものを取り返していない内から、長い脚をバタバタッ。洞窟の出口へ漕ぎ出そうとしておいでだ。

 こう勢い込まれると、静馬も…流石に、余裕の笑みを引きつらせ…尋ねる。

 「しかし、大丈夫かな。」

「何がまだ、心配なの。」

 下手な芝居気のなかったお陰か、催促されるまま彼の言葉を引き込んでいく、月紫。そんな彼女の右手に静馬はもう一押し。人魚姫が気紛れに腕から抜け出さぬよう、しっかりと手を繋ぐ。

 「だから、ほら、俺の頬っぺたは大丈夫だろうかってね。あんたを信用しない訳じゃないが、両目がないとなると…。」

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