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杯ノ九百六十六

 『夢物語』に浸るかの如く、うっとりと目を細める。目を細め、瞼を閉じて…それから、ピクリッ、眉を動かす。

 これから見ようという夢にはどうも、強い現実が伴うらしい。それこそ二度に渡って、静馬(しずま)と、自分に、『大丈夫』だと念押ししなければならない程の…。

 何かを堪える様に、奥歯を噛み締め、小さな(うめ)き声を漏らす。月紫(つくし)はそうしてから、熱っぽい息を吐き出し、瞳を見開いて、

「眼球の一つや、二つ、なくなっても…二、三日もあればまた、元通りになるわ。丸ごと取り出した経験がないから、断言は出来ないけれど…多分…。あぁ、でも、顔の形が歪まないようしばらくは、詰め物か、何かしなくちゃ…いけないのかしらね。」

 あどけない表情を浮かべた端正な容貌。その目元だったり、眉間だったりに力を込めて、具合を確かめる。『具合とは何のか』…無論、それは、目玉を取り外す上での具合であろう…。

 間違いなく、彼女は本気だ。本気で静馬に、自分の瞳を『預けよう』と考えている。

 こうなると最早、『目玉渡されても困るだけ』などと言う、真っ当な意見は通用しない。人間の尺度を、吸血鬼として生きてきた彼女の経験に持ち込めそうもない。

 そもそも…『丸ごと取り出した経験がない』って…じゃあ、部分的になら、目玉を取り出した事があるのか…いや、グロテスクな想像をするのは止そう。考えても腹の底から嫌な感覚が込み上げるだけ。月紫がこんな方法で、静馬に『彼自身の血を吐き出させよう』としているとも、

(思わない。むしろ、ご自慢の瞳を『気持ち悪いもの』扱いされるくらいなら…俺を『得体の知れないもの』にする方を選ぶ。そう言う女だろ、こいつはさ…。)

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