杯ノ九百五十九
穏やかな語り口、一歩引いたところから投げかけられる感情。やや冷笑的にも聞こえる彼の問いかけに、月紫は軽く唇を結び、少しだけ目を細める。それでも、見つめ返す事を止める選択肢はないらしい。
恰も棘の連なる蔓を握りしめる様に、知った上で掌を穴だらけにしていく様に…。痛みとも、緊張とも付かない『気持ち』が、彼女の顔から血の気を奪う。しかし、表情は涼しげなまま。静馬を見つめる眼差しは…緩まるどころか、一層、強く輝くのだ。
彼女には適わない。そうと知りつつも、気取って、薄笑いを浮かべていた、静馬。…が、そろそろ、根負けだろう。紫色の瞳の放つ、清廉にして、独善的なまでに彼を思う視線で…苦笑い。頬か、顎の辺りで追及をかわすかの如く、小首を傾げる。
その弱り切った彼の様子を見て…いいや、見なくたって、彼女には解っていた。
どんな皮肉があろうと、どんな棘があろうと、月紫は彼に触れる事を止めない。それどころか、自分が傷つく事さえ構わずに、ギュッと彼の『気持ち』の芯を握りしめる。彼のねじ曲がった性根を締め上げる為に…そこは…そうするであろう事は…。
(信頼してくれているのよね、この子も…。何のかんの言っても、ここまで来た自分に応えてくれるだけのものを、両親の過去に踏み入っただけの価値を、静馬だって求めている。要するに、結局…私を母親扱いしているのじゃない。)
彼の心の棘で、自分から掌を傷付ける様に、我が身を抉る様に…月紫は目付きを鋭く尖がらせ…。だが、胸苦しくも、充足感溢れる痛みに溺れながら、はたと気付いた。
(この子がそんな…容易く、甘ったれてくれるかしら。)




