杯ノ九百五十四
パシャッ…再び響く、水滴の音。パシャッ…わずかに残った血溜まり。表面張力で膨らんだ赤に落ちて、弾ける瞬間の音。
今度の湿り気の源は、きっと、月紫の方だろう。
照れて、閉ざした瞼、長いまつ毛。まるで鮮やか色をした涙が、そこから溢れ出し、流れた様に…まるで清水が深雪へと染み渡っていく様に…じわりっ、じわりっ、彼女の頬へ朱が広がる。
林檎みたいに真っ赤な顔。一口でガブリッ…もとい、一口に言うのは簡単。だが、『愛らしい』より先の感想を抱くのは、容易じゃない。しかしながら、今の、『吸血鬼を食べる生き物』となった静馬なら話は別だ。
歯の根が痺れるくらいによく冷えた、喉を潤す林檎のシャーベット。それとも、甘い湯気が口の中一杯になる、アップルパイ。…わずかに目を細めた彼の、心中は如何ばかりであろうか。
とくとくっと、流れる湧き水。とくとくっと、月紫の髪を撫でる洞窟の暗闇。
雪代水が新たな雪解けを誘う様に…。彼女の頬に宿る血の気が、言い出し辛い『気持ち』を溶かして…頬ぺったを膨らませ始める。
ここでようやく、目の前の林檎が暴発寸前の爆弾だと思い出した、静馬。眉の辺りの凝りを解すかの如く、二、三度瞬き。
…と、そんな視線の隙間を掻い潜り、月紫が小さな声を漏らす。
「あっ…の…えっと…。」
口元を染めている血の赤も相まって、お次は、差し詰め林檎飴だな。是非とも味見を…静馬の味覚を通し、ご相伴に与りたいところだが…彼女曰く、『一刻を争う』らしい。グッと堪えて、生唾飲み込んで、続きを促してもらうとしよう。
「口幅ったいとか、あんたが思う必要ないよ。…だろ。」




