杯ノ九百四十七
『子供の彼』は今、懸命に言葉を探しているのだ。
右手で支えた頭の心地良い重み…この重みを手放しただけで壊れてしまいそうな、穏やかな寝顔…穏やかさに全てを委ねた様に、死んだ様に、ピクリッとも動かないまつ毛…死相ですら魅力を奪う事の出来ない白い肌。首筋に走る青い静脈…。おっと、それから忘れてはいけない、ふくよかな胸も…。それら美点の結晶たる麗しき女性。
そんな造型を言い表す為の台詞。これだけの美しさに劣らない完璧な台詞を…自らの内に求め、口を噤む。…と、こうした具合で、平たく言葉を吐ける心境じゃない彼に代わり、言ってしまえば…。つまり、『子供の彼』は、『大人の彼女』の寝顔に見惚れているのだ。勿論、『大人の』胸元にもである。
ところで、女とは男の視線に敏感なもの。並みの女と比べれば、人生の、二つ、三つ分くらいは年季の入った彼女だ。相手が誰かはさて置き、何となーくっ…静馬のこの、『天秤に掛ける』かの如き、眼差しに気付いたのだろう。…特に、胸元の重さなど…。
突然、例えそれが頬であれ、『膨らませる』のに気後れが生まれたか。息を止め、恨めしそうに静馬を睨む、月紫。やや猫背になっていた身体を伸ばし、胸を張りながら、『ぺったんこで悪ぅございました』と言わんばかり、彼の胸板に萎んだ頬を擦り付けた。
流石、すべすべな肌をしているだけあって、シャツと擦れても微かな音すら聞こえない。しかしながら、摩擦と、自分の子供っぽさで、顔の熱くなる思いをしただけの事はあった様だ。
胸をつく感触と、そっぽ向いていても伝わる気配が…何と…静馬の瞼の裏の、『大人の彼女』の頬を赤く染める。




