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杯ノ九百四十四

 『世界で一番美しいのは貴女です』なんて…臆面もなく答える魔法の鏡の様に、ぼやけた彼の姿を映し出していた月紫(つくし)の瞳。

 彼女の瞳孔が少しずつ小さくなるにつれ、現在の静馬(しずま)の面影が遠のくにつれ…宝石の如き虹彩(こうさい)が、キラキラッと輝きを放つ。『夢物語』の縁へと彼女を誘っていく。

 縮められるだけ瞳孔を縮め、輝かせられるだけ瞳を輝かせ…。そうして焦点を合わせた静馬のやんちゃな顔。夢に見る思い出の中で、彼は何をしているのだろう。

 「眠っている私の頬へ触れて…優しく目覚めさせてくれる。」

 こういう話の順序を決める仮のイメージは、言ったもん勝ち、固めたもん勝ちだな。月紫はまじまじと思い描いた光景を眺めつつ、目を細め、瞳に宿る星屑を瞼の内側で弾けさせた。

 しかし…確か、静馬が持ち出した話題は、『父親は何故、子供の頃の自分を使いに寄越さなかった』のかだったはず…。段階としてはまだまだ、『棺桶の蓋にノックをするか迷う』…それ以前のはずだ。

 そもそも、白い歯を覗かせてはいるものの、やや気不味いそうに眉を潜めた、静馬。こいつの脳裏に浮かんだファースコンタクトは、彼女の夢見る様な『お伽噺』とは違う。

 (あの洋館に入り込むだけで、相当、度胸をすり減らしていただろ。…もしも親父から、ここの鍵を一通り預かっていたとして…気合と、根性で、日本庭園へ続く階段を渡り、掛け軸の裏の土壁を壊し、洞窟の奥の…棺桶の前まで来ても…その時点じゃもう、『吸血鬼の顔を拝んでやる』なんて豪胆さは失せている。)

と、別のストーリーを進む彼の思考に割り込む形で、ギュッ。完全に放れたかと思われた左手が握り返された。

 不意打ちの現実感。

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