表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
940/1045

杯ノ九百四十

 犬歯を突き立てた鋭い痛みを紛らわす様に、痺れを絞り出す様に、ギュッと奥歯で舌を噛み締める。そうしている内、少しずつ、自分の血の味が染み込んできて…。

 「んっ、あれっ…。」

 何かに感付いた事を示す明確で、かつ不得要領な静馬(しずま)の呟き。

 意識を味覚へ落とし込むかの如く、項垂れ、肩を落とす。(しき)りに表情筋を動かし、あらゆる面相を浮かべながらも、目付きは真剣そのもの。そんな彼の異変を、月紫は…睨めっこに付き合おうとするはしたない頬っぺを押し止め…あどけない顔で見上げた。

 「どうかしたの。」

「いや、血がな…口の中に…。」

 そう答えながらも、熱心に顎を動かしている、静馬。何の気なしにその様子を見つめながら、月紫が眉を曇らせ、

「あら…。私が驚かせてしまったからよね…ごめんなさい。」

 大して感情の籠らない謝罪。彼も同じで、大して気にした風もなく、

「うん…。」

と、口を閉じたまま、ごくごく簡単に答える。

 まるで空中に広がった見えない血管を、生暖かく、透明な血液が流れる様な気怠(けだる)さ。二人を包む馬鹿に中弛みした時間。

 だがもしも、この見えない血管のどこかが詰まっていたとしたら…ぬるま湯みたいな虚脱感に浸るあまり、注意すべき事柄を忘れていたとしたら…。そう特に、『吸血鬼を食べる生き物』としての勝手を知らない、静馬。そんな彼の軽はずみな行動を(いさ)める立場にある…月紫さん、貴女のことだよ。

 ようやく、血の巡りの悪い状態だと自覚し始めたか。静馬の肩の方に小首を傾げて、頭の片隅へと思考の血流を行き渡らせる、月紫。それから、十数秒後…。とろんっと落ち掛けた瞼を…パッと見開いて、勢いよく頭を右へ振り向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ