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杯ノ九百三十五

 自覚の足りない『皮肉』に切り込み、返す言葉を断つ。そんな彼女の面構えの程は、人魚姫と言うより、『海の魔女』のそれ。まぁ、彼女の器量なら、純真無垢な少女と、狡猾剽悍(こうかつひょうかん)な女性…独り二役も、何ら問題なかろう。

 内心に相反する二つの面を持ち合わせながら、誇るでもなく、慎むでもなく…。一路、彼へと向かう清々しいまでの眼の光。

 何度となくこの紫色の瞳を、静馬(しずま)と共に覗き見てきた。叙述(じょじゅつ)し、形容してきた。

 こうして彼女から、改めて、じぃっと見つめられると…その全てが、単なる絵空事でなかったと解る。…しかし、気付かれぬよう尻を揺すり…完全な逃げ腰の静馬に付き合い、月紫(つくし)の瞳を描写するより先…やれる事はやらせておこう。

 遮るものがないからこそ、ただでさえ大きな瞳の印象が強くなる。だから、もしかして、彼が左手をどければ、月紫の前髪を放せば、

(瞬きくらいはさせられるかも…毛先の刺激で…。)

 …なるほど、そういう悪戯なら、期待がもてるかも知れない。加えて、こそばゆさで、笑顔を引っ張り出せる目算もある。

 月紫の視線が逸れないよう、目を細め、笑みを浮かべた口元を細め、静馬が呟く。

 「いっ…言い掛かりにしても、酷いんじゃないか。『親父を参考にした』。まさか、そんな訳がないだろ。俺はただ、見たままを…見たまま、あんたの顔の整い具合を口にしただけだ。」

と、文句を垂れつつ、そーっと小指を引っ込めて…さらさらっ…。幾筋かの前髪を額に落とす。お次は、更に、薬指を…が、指の腹が彼女の頭から放れようとした…その瞬間。

 「ふーんっ…。」

 低く、無感動な声が、ビリビリッと洞窟の空気を痺れさせる。

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