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杯ノ九百三十

言葉にすれば隠しようのない小っ恥ずかしさが、照れた『気持ち』が身体を熱くする。胸倉の火照(ほて)りは、背中でもたれかかっている人型の…金髪美少女型の氷嚢(ひょうのう)に、黙っていても冷まされるだろう。

 だが、ドライアイスを握ったかの様な右手…。彼女の鮮血に焼かれた彼の右手は、凍えながら、痺れに苛まれながら、静かに脈打っている。

 気取り方を忘れ、再び、ペタリッ。大きな右手を石舞台につく、静馬。その音を耳にして…ゆっくりと振り向けた視線で、自分の肩に乗せられた小さな右手に気付いて…月紫が、ニヤリッ、口の端を、牙を吊り上げた。

 「嬉しい…と言うよりは、可笑しいって顔だな。」

「変かしら、可笑しくて、笑っては…。」

 「いや、変て事は…ただな…。」

「『私を喜ばせる積りだったのに、当てが外れた』。」

 「まぁ…なっ。」

 彼女が笑ったのなら、歯の浮く台詞を吐いた甲斐はあろう。しかしながら、どうにも釈然としない。眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている静馬に…目の前で、パッと、五匹の白魚が尾を跳ね上げた。

 声もなく目を見開いて、やや後ろに仰け反る。月紫は優雅に右手指を虚空で泳がせつつ、そんな彼へ微笑んだ。

 「ごめんなさいね。けれど私も…やっぱり、好きなのよ。」

「男を手玉に取るのがか。それとも、手玉に取られた男の口から、負け惜しみを聞くのがかな。」

 問いかけられて、月紫はすんなりと、牙を唇の中へ。引っ張り上げた口の端はそのまま、含み笑いを漏らす。

 「好きよ。私を喜ばせようとしてくれる…そういう『気持ち』程じゃないけれど、大好き。」

と、柔らかい笑い声を零し、少しだけ牙を覗かせ、

「大好きなんて、子供っぽいわね。年甲斐もなく…。」

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