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杯ノ九百二十九

 言葉を溜め、紫色の瞳を覗き込む。彼とのこの『睨めっこ』に応じて、目を尖らせる、月紫。

 そうした彼女の態度を、『愛想よく目配せしてくれた』とでも勘違いしたのだろう。静馬は満足そうな含み笑いを零して、

「俺と母さんの間にだって、今の、あんたとみたいな…面白可笑しいやり取りはあった。笑ったり、笑わせたり、そんな風にして過ごした時間もあったんだ。まぁ、確かに、一般的な母子の会話からは…多少、距離を置いていたかも知れないが…。けど、子供らしい『気持ち』を母さんに向けていたのは…って、聞いてくれているよな、ちゃんと。」

 ようやく、月紫の唇からはみ出したままの牙に気付いたか。『皮肉』とするにも、間の抜け過ぎているその表情に…静馬は短い一息。

 「人が勘違いを正してやろうと、言葉を尽くしている時に…。まっ、いいか。要するに、結論を言えばだ…俺がどんな顔で笑っても、母さんが機嫌を悪くする事はなかったよ。俺の振る舞いの端々に、親父と似たところを見つけて…。」

 一瞬だけ、目線を左肩の付け根へと落とす。月紫は…剥き出しの牙を仕舞わずに…真っ直ぐ、静馬のその顔を見つめていた。

 静馬は視線を彼女の瞳に戻して、浅く一呼吸。薄く口元を綻ばせ、続ける。

 「親父と似たところを、俺の中に探し出そうとしていた。そんな母さんが、俺の笑った顔からは『親父』を見つけ出せなかったんだ。つまり…『子供が作り話をするみたいな』笑い顔は…親父のその笑い顔は、あんただけのものだったって訳だな。」

 言い終えた後の、小さな苦笑い。浅い呼吸の後を引く、少し擦れた苦笑い…。それは『皮肉』であった。月紫へ向けられた…月紫を通して誰かに向けられた『皮肉』だった。

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