杯ノ九百十七
紫色の眼差しの先で、静馬の表情が石舞台を曇らせていく。
色を失った鏡面の向こう側の世界。それに相反して、足元に残った小さな血溜まりが鮮やかさを増す。
月紫は、拭い切れなかった朱に重なる容貌を…かつての自分の面影を見つめる。黙って、澄ましたしかめっ面で…それから…。
「不謹慎…とんでもない。私は吸血鬼、人の血なしでは生きられない女…だったわ。人間の関心事が愛と死であるなら、死と縁遠い私たちにとってのそれは、愛と血。血に酔わなければ愛を語らえない。血の温もりなしには『幸せな夢』を見る事も出来ない。そういう生き物なのよ、生まれながらにね。多分、静馬がそんな顔しなければ…『再開の喜びを血に染めた』だったかしら。それが当て擦りの類だって事も、気付かなかったわ。その点は確かに、静馬の『手違い』かも知れない。」
驚くほどあっけらかんと、そして、淡々と語られる言葉。この調子なら、彼女の言っている事に嘘はない。しかしながら、彼を気遣う様子がないかと言えば…。
更に深く俯いて、鏡面の向こうの大人びた顔を眺める、月紫。値踏みする様に、興味のなさそうな目付きで…いいや、そっちは、嘘だ。強がりだな。本当は、未練たらたらに目くじらを立てている。
それでも、一番魅力的な自分に向かって…勇雄の隣に居た彼女へ向けて…月紫は精一杯の、子供染みた笑顔を浮かべた。
「どうしたんだ、急に、でっかい口開けて。」
「んっ、ちょっと…静馬と並べるのには、不釣合いかなと思って…。」
答えながら、慎みをもって唇を結びながら、月紫はまた彼の肩に頭を預ける。
静馬は…彼女が顔を上げ始めてから覗き込んでも、遅い、遅い。まだまだ、彼女の相手にはならないな。




