杯ノ九百十四
弧を描きながらも決して、太腿に触れはしない。月紫はその指先へ溜息。
「言われてみると、そんな事を口にした覚えもあるわね。きっと、当てられていたのよ…これ以上はないってくらい、刺激的な起こされ方だったから…。」
「なんだ、あれ、照れ隠しだったのかよ。」
「多分ね。」
水堀から石舞台へと上がり、濡れた裸身をさらす。…その時の、静馬の面食らった様子を思い出したのだろう。
まるで滴る水の粒の様に、ポタリッ、ポタリッ…クスリッ、クスリッと、含み笑いを落とす、月紫。
彼女の緩んだ目尻をまじまじと見つめて、静馬はわざとらしく、苦々しく、
「笑うけどな、あの状況、あんな状態だと、真に受けるだろ誰だって。てっきり、『親父の奴はそうして、あんたを起こしていたのか』…って。」
「静馬は私のこと、甘ったれてばかりの女と思っているのかも知れないけれど…。私これでも、物分かりは良い方なのよ。相手が貴方ならともかく、勇雄にそんな無理なお願いしないわ。」
「照れ隠しでもなければ…か。」
「そういうこと。」
相変わらず視線に敏い女性だ。目尻に引き付け、引き付け、見下ろす彼の視線へウインクを返す。
パチンッとやられた拍子に、静馬は糸の切れた凧の如く、ふわりっとのけ反り…そして、ふと、
「おっかない生き物だな、女って奴は…あんたなんか、ただでさえ、吸血鬼で…あぁ、そう言や、あの時…。」
言いかけて何故か、言葉の続きを人差し指と握り込む。しっかりと重ねた親指で塞いだのを見るにつけ、口を割らすのは容易ではなかろう。しかしながら…。
「もう忘れたの。『静馬の代わりに、私が喋れば良い』と、言ったでしょう。」
月紫の目にはお見通し。




