杯ノ九百十二
「あんたみたいな美貌の才媛に、そう望まれたなら…望まれて、それに答えられたなら…男として、こんなに誇らしい事はなかっただろうな。けど、その頃、あんたは寝ていたし、ガキの俺にご婦人の唇を奪う度胸なんてなかったしで…『夢物語』にしても、ちょっと、リアリティがなさすぎるだろうな。よって、却下だ。」
言いたいこと好き放題言って、仕舞いに、満足そうな一息。彼のこの真面目腐った表情に、あまりの言い草に…紫色の瞳を点にしたまま、月紫が目を見開く。
彼女はまだ納得いっていない。まぁ、その解釈は正しいのだが…。静馬は『詰まんない顔しているなよ』と言わんばかり、おどけた笑みを浮かべ、言葉を継ぐ。
「そりゃあ、ガキの頃の俺への不満が、今の俺に飛び火するのは仕方ない。しかし、そんな、虫眼鏡で紙に火を付けるみたく、ジリジリッ…。睨む事はないだろ。思春期にすら入っていないお子様なんだぞ。もう少し、大目に見てくれても良いだろ。いつもみたいにさ。」
こんな風に責められたらな…紫色の凸レンズに瞼を被せる、月紫。プイッと彼の方を見上げた顔を逸らし、憤懣やる方なき胸をなだめるよう小さく俯いた。
「貴方が訊いたんじゃないの。どうしたら良いかって…私の『念願』が叶ったとしたらって…。」
ごもっとも。寸分の狂いなく、彼女のおっしゃる通り。…そうと解ったら静馬、『どうしたら良いか』も解っているだろうな。
ややバツの悪そうに呻くと、静馬がやおら左腕を持ち上げる。
「あーっ、えっとっ…。」
言葉を探しながら、左腕に月紫の細腕を絡ませながら、人差し指で自分の頬をポリポリッ。教科書の様な『気不味さ』の表現法だ。




