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杯ノ九百四

 息の掛かる近さで密着して、地獄耳をそばだてれば、声に成らない声も聞こえてしまう。

 紫色の眼差しが、若干半目に近づいたのにも気付かず…。静馬(しずま)は、もう一踏ん張り。後ろへ共倒れしないよう注意しつつ、月紫(つくし)の細腰を肘の内側に引っかける要領で、持ち上げた。

 彼の為すがまま、その勢いのまま、月紫は軽く俯いて、

「静馬がこうして、しっかりと『譲り受けてくれた』のだもの。それで十分、私から言う事はないわ。…けれど…強いて今、頭に浮かんでいる言葉を口にするなら…。」

 スッと背筋を伸ばし、首から上だけ彼の方を振り返り、

「この女の身体、取っ掛かりがなくて…取り分け、胸の辺りは…何て持ち上げ難いんだろう。」

 言ったのは、彼女。しかしながら、言わなくたって、『誰の台詞』かはお察し。特に、当の『誰かさん』には…。

 「はっ。な…どこ…いや、そんな事…えっ。」

 たくましい左腕に少女をぶら下げて、狼狽(ろうばい)する、静馬。

 恰も、そんな動揺をけっ飛ばして逆上がりするかの様に…ドンッ。月紫は思い切って彼の肩に倒れ込むと、ボソリッ、呟く。

 「悪ぅございましたね、小娘で。小娘の身体で。」

 静馬は…多分、倒れ際に彼女の放った肘鉄が利いたのだろう…ゴホゴホッと咳き込みながら、引きつった愛想笑い。

 「言い掛かりは勘弁しろよな。誰も胸がどうのとか、思ってないって。」

 反論の声が弱いのはおそらく、取っ掛かりを求めて、月紫の身体の上で腕をもがかせた自覚があるため。こう言う声なき声を聞き逃さないゆえの、『地獄耳』なのだろう。

 恐れ入ったと兜を脱ぐ静馬に、月紫は感心の薄そうな素振りで、

「ふーんっ…。」

 眉間も安らかに閉じた双眸(そうぼう)

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