杯ノ八百九十八
あとは自主的に退散してくれるのを願うだけ。しかしそれは、
(望み薄だろうな…。)
と、あっさり諦めて、苦笑い。静馬にはこの状況を打開する…あるいは、利用する方策でもあるのだろうか。
ときに、こう近くで、こうくすぐったい笑い声を聞かされて、地獄耳…もとい、耳聡い月紫が聞き逃すはずがない。
「ふむ。」
そう堂々と、『まだ、こんな温かい笑いが出るのか』と、『よし、それなら、残りの意欲も根こそぎ奪ってやる』…とは思ってないだろうが…。
意味ありげな相槌の後、途端に破顔して、悪戯っぽく喋り始める。
「言い足りないものがあるのは、むしろ、静馬の方みたいね。構わないのよ、気兼ねなく話してくれて…。今回に限っては、どんなに頓珍漢な答えを返されても、はぐらかされて上げるわ。」
と、月紫はなお以て、上機嫌そうに含み笑い。人の身体を揺り椅子とでも勘違いしているのか、グイグイッ、彼の胸板に背中を押し付けてくる。
当然、揺すぶられるままにすっ転んでやる積りなど、静馬には毛頭ない。斜に構えた『気持ち』を表すかの如く、首を傾げ、白けた目線を彼女の表情へ落とした。
「『はぐらかされてやるから、お前もはぐらかされて、この状況に目を瞑れ』って事か。」
月紫はそんな彼の顔を、くりっとした紫色の瞳で見返して、
「うーんっ…目まで瞑ってもらう必要ないわ。」
また嬉しそうに、白い牙を覗かせ笑うんだから…。こう茶目っ気を利かされたら、尋ね返す言葉は一つしかなかろう。
「…その心は。」
訊く事には訊いたが煮え切れない。彼の態度すらはぐらかす様に月紫は、視線を真正面へ向けて、あっけらかんと言い放つ。




