杯ノ八百九十七
月紫は大きく息を吸い込む。正面から見られていない分、盛大に…小盛りな…胸を膨らませ、それから、くさくさした『気持ち』を吹っ切る様に、一息で吐き出した。
「今回に限っては、真面目に答えなくて良いわ。」
「けど、それはそれで…話が先に進まない。話が先に進まないと、ここから立ち去るのが遅れ…おっとっ。」
彼が引っ張り出した脈絡を、肩越しの、頭ごなしで見送って…。グラリッと後ろにもたれ掛かる、月紫。
艶やかな金髪を厚い胸板へ擦り付け、スルスルッと静馬の左腕を抱き寄せ、抱き寄せられる。この体勢は…悪くない。
静馬の胸元に預けた背中と、肩の付け根を枕代わりにしている頭。黙っていても、彼の心臓の鼓動を感じられる。血塗れの口元を眺められずに済む。何より、ポカポカッと暖かい。良い事づくめだ。
まぁ、吸血鬼の背中を押し付けられている身になれば…、
(さぞ、凍える思いをしているんでしょうけれどね。)
クスクスッと含み笑いを漏らしつつ、月紫は…寒い、冷たいと解っている癖に…捕まえた静馬の左手を、小さな両手で包み込む。
そんな彼女の手を払いのけるでもなく、静馬は…窮屈そうに身震い。乗っかった頭を振り落さない程度で肩を揺らし、呟く。
「『真面目に答えなく良い』…の後に、続き…あったんだろ。口を挟んで悪かったよ。」
「別に謝らなくても良いのよ。続きらしい続きがある訳でもなし。ただそうねぇ…付け足すとしたら…。」
思案の沈黙に入った月紫の言葉を待たず、また、静馬が肩を揺すった。…氷の様な身体を押し付けられているのは、横槍を入れた事への報復措置じゃない。謝ったからと言って、改善する問題でもない。そう解ってしまった以上はな…。




