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杯ノ八百九十六

 静馬は両手を、彼女の目に触れぬよう、血溜まりにも映らぬよう背中へ回す。そして、グー、チョキ、パーと、固まった指を解す様に、二つの手で独りジャンケン。痺れを切らしていたのは、お互い様みたいだな。

 手先まで、身体の末端まで血の巡りが良くなったからだろう。調子も軽く舌を滑らせ、静馬が月紫の問いに答える。

 「まぁ、それは…そういう事も…あるかな。」

 出たしの好調さが嘘の様な、『尻すぼみ』。彼の後ろでは、両手もこんがらがって、あいこを重ねていく。

 月紫はそんな接戦を、静馬の肩越しに…うなじに掛かる吐息の遠さで…感じ取っていたのかも知れない。背筋は伸ばしたままで、しかし、誰もいない目の前に突き出していた右手を…そっと、痺れをなぞりながら、下ろした。

 「静馬は、私より…私よりも、勇雄(いさお)の方が大切ってことかしら。」

 何とも平板な、平板で若干鼻にかかった声。出来るだけ『気持ち』を込めないでおこうと…彼女の中の大人と子供が葛藤しているかの様な…そんな鼻声。

 彼の視線を避け(うつむ)き、言い訳するみたいに小さく鼻を一すすり。

 その途方にくれた様子を見つめて、背中ではグーを出したままの両手に睨めっこさせて…静馬が暖かい溜息を零す。

 「このタイミングで…よく()くよなぁ、そんなこと…。まっ、このタイミングで、訊いたのがあんただからこそ…真面目に答えない訳には…。」

「こ、今回に限っては…。」

と、唐突に上擦った声が、彼の声に割って入る。

 ちょっと驚いて彼女を見守りつつ…鼻の辺りで問題でもあったのか、慌てて何やら拭った手の甲は見ない振りしつつ…軽く頷いた、静馬。

 それに答えるかの如く、細い肩揺らし、また鼻を一すすり。

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