杯ノ八百八十九
「さもなけりゃ、自分の愛くるしい顔にでも、見入っていたか…。だとしたら邪魔をされて、さぞ不愉快だろうな。俺だって、あんたの顔の前に他人が割り込んできたら…面白くない。それが俺みたいに何の面白味もない顔だと、なおのこと。機嫌の一つも悪くなるってものだろ。」
と、歯切れの悪い、多少上擦った滑舌だが…甘々しさを噛み砕き、歯の浮く様な台詞に乗せて吐き出し切った。
女性に魅力を感じ、溢れ出す思いを言の葉に託す。たったそれだけの事に、こうまで精神の尽力が必要とは…つくづく、男って奴は情けない。
静馬に限って言えば、その上…。卑下する言葉を使えば、彼女がどういう反応を返すか…そこにも考えが及ばないのだから、困ったものだ。
『美しい』と彼が褒めてくれた紫色の瞳。まずその瞳で、自信をもって目配せ。今度は首を横に振る事なく、『自分の顔を見ていた訳じゃない』と答える。
そうやって、吊り上がった静馬の口の端をなぞりつつ…月紫は心持ち唇を大きく開き、笑い返す。『私は静馬の顔、好きよ』と…。
彼女の笑顔一つで、勝手に、ここまで都合よく解釈してしまうのだ。まったく、著者も、静馬も、ちょろい男の代表の様な…と、どうやら、彼の方には異論が…いいや、思い込みではないと言い張れるだけの根拠があるらしい。
目線をやや下ろし、眉間を緊張させ、静馬は微笑みを見つめる。
(大口開けているのは態と、牙が震えているのを俺に見せる為…。そうして、『食べてしまいたいくらい』だと…そう思っているんだと訴えかけてきている。…訴えかける、どうして…そんなもの、俺の目付きを『嫌らしい』と言った…たったそれだけの事への、埋め合わせに決まっている。)




