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杯ノ八百七十二

 無数の言葉も多分、流れ落ちて…だが、足元の鮮血に溜まってまだ、水掘へは行き着かない。理由は当然、静馬の方にある。静馬が彼女の言葉を…本気で取り合っていないからだ。

 「駄目元でもう一つ()くが、あんた…母親代わりに成ろうとしていたんじゃないのか、俺の…。」

「そうよ。」

 「『そうよ』って…。」

 彼の気怠げな口調に対して、月紫(つくし)のきっぱりとした物言い。怒気さえ含んでいる。

 そんな彼女の返事を受けて、静馬はまたしてもかったるそうに…憮然とした呻きを漏らす。

 「両立しないだろ。母親と、恋人じゃ…。」

「どうして。」

 「…それは、あんた…いや、それどころか、あんたと俺の場合は、色々と面倒くさいところが…。」

「そう、きっと、静馬のそういう態度が良くないのよ。面倒がって、私との関係を一つに絞ろうと…絞ってしまうのが正しいと思い込んでいる。良いじゃないの。時に母親で、時に恋人でも…この小さな胸にも、貴方の『気持ち』に合わせて演じ分けるくらいの器量、備わっているわ。」

 こんな事を自信満々に言われれば、男冥利に尽きるというもの。静馬にとっても…いいや、しかし、何とも釈然としない部分は残る。

 確信を突く様に、肩の力を抜いて、静馬が口を開いた。

 「やっぱり、あんたとは、根っこから違う。俺たち人間とは、まるっきり別の時間軸を歩んでいるんだな。…その所為で、肝心な問題を見逃している。数百年を生きた自分の年齢ばかり気にして、俺の過ごしてきた時間を考えていない。」

「そんな…私は、そんな事…。静馬が今日まで生きてきた時間を大切にしたいから、その為なら、私の全てを投げ打っても…。」

 「いや、そう言う小難しい話じゃなくてさ。」

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