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杯ノ八百六十三

 「『子供みたい』…と言ったのが、悪かったかな。」

 多分、『悪かったか』と尋ねた事が、何より悪かったのだろう。

 月紫の見開かれた瞼の上、形の良い眉が揺れるのがサイン。紫色の瞳へ一気に、感情が流れ込む。

 「どういうこと…。私のこの姿が気に入らないとでも言うの。」

 今、彼女の『気持ち』は、静馬(しずま)の台詞の善悪を超越したところにある。…と言うか、自分に対する彼の『気持ち』と…好き嫌いの岐路と直面しているのだ。言葉選びの成否などと言う些事(さじ)に、一々、気を回している余裕などない。

 そんな調子で、質問を無視された静馬は…気不味げに小首を傾げ…彼女へと応えを返す。

 「気に入るとか、気に入らないと言おうか…。言っているだろ。『あんたが可愛い』って、『あんたみたいに整った容姿を見るのは初めてだ』って、それで十分、答えになっている…。」

「そう、それよ。『可愛い』だの、『端正』だのと、人を(おだ)てるだけ煽てて置いて…あれは全部、口から出任せだったの。私は、静馬の好みじゃないの。姿形だけでも、好意を抱いてもらえていると思えたから、私…自分を、静馬を痛めつけてまで…貴方の命を繋ぎ止めようと…。」

 またもや彼の言葉は、質問にも、答えにすら成りきらない前に、横へ突き飛ばされた。

 面喰いっ放しの静馬ではある。しかし、彼女の苦悩を聞いて、少し納得できるところもあったらしい。元より横に倒していた頭を起こし、口を開く。

 「勿論、あんたの容姿は俺好みだよ。いや、あんたの顔を見た上で、『好みじゃない』なんて言える男はいないだろ。まぁ、居るとすればそいつは、あんたの美貌に嫉妬したナルシストか、人間の皮を被った宇宙人かだな。」

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