杯ノ八百五十八
「楽しそうね、静馬。」
口元を綻ばせ、月紫が語り掛ける。血溜まりにさざ波を立てる左手は、息をひそめ…。彼の説明を中断させてしまうのが惜しい様な…反面、この満足感を一度に味わってしまうのが勿体ない様な…うたた寝して夢見る姿にも似た柔らかい瞬き。
静馬には別段、彼女の横槍を気にした風もない。むしろ、惜しみなく、舌の滑りも調子よく、
「あんたなら間違いなく、楽しんで、俺に知識をひけらかすと思ってさ。水を得た魚みたいに…。あんたの楽しみを俺ばかりが満喫してしまって、不味かったかな。」
「いいえ、そんな事ない。」
と、月紫が長い髪を揺らし、首を横に振った。
「私の代わりに、静馬がしっかりと楽しんでくれたなら…楽しんでいるのなら、何も言う事はないわ。」
「へぇ、言う事ないなら…引き続き、俺が代役を務めるしかないか。…なっ、そうだろ。」
問い掛けへ首を縦に振って答える、月紫。頭を、右、左と動かし、今度は下へ。少々目でも回したのか、顔を上げた後の瞬きは慌ただしい。
そんな瞳の奥を覗き込んだ彼も、つられて目を回したのか。目線を忙しく動かして、話を進める。
「一口に『生態が異なる』と言ったが、今回の目的は、フィンチそれぞれを比較しようって訳じゃない。俺の…いや、あんたの言いたいは、『フィンチは生息している環境ごとに、食糧とする生き物が違う』ということ。そして、フィンチの中には…『別種の鳥の血を飲むものがいる』ということなんだ。」
いつの間にか、彼の話に聞き入っていたらしい。瞬きを止めた月紫が、目を丸くして呟く。
「血を飲む鳥もいるの…。私、そんな話、初めて聞いたわ。」
芝居っ気が飛んで行った。




