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杯ノ八百五十二

 言い草にどれ程の誠意が籠っていようと、表情がどれだけ凛々しかろうと…。唐突に話題を、『自分』から『羽虫』の方へ移されれば、

「お化け蝙蝠(こうもり)の次は、蚊…。そうまで歪んだ目を向けられていたなんて…心外を通り越して、悲しいわ、私…。」

 こんな月紫の落胆振りも、頷けるというもの。短い吐息を零しつつ、左手の人差し指で、猫をあやすかの様に締りのない頬を撫でた。

 静馬(しずま)はとりあえず、顎のラインに溜まった彼女の血を、大人しく(すく)い取られる。…かと言って、猫撫で声を漏らす訳でもなく…スラスラッと、興味を喚起しようと、張りのある声を返す。

 「蝙蝠とは混同していないって、そう言っただろ。勿論、蚊とだって…まっ、こっちは、そうでもないか。…いや、でもな。…ムグッ。」

 青年らしく、屈託のない口調で言葉を改めようとした…その口に、月紫の左の人差し指が押し込まれた。

 「静馬にはこんな風に…随分と、血をもらったものね。少しでもお返ししておかないと…。」

 そう言って、更に深く、指を押し込もうとする。彼女の企てを阻止したのは、静馬の前歯。

 噛み止められた月紫は、ニヤニヤッと笑いを零し、

「あらあら、まぁまぁ。何か、言いたげな顔をしているわね。」

と、人差し指を押し込む力を緩め、前屈みになっていた肩を起こす。…『気持ち』の去り際には忘れず、そっと彼の舌を引っ掻く…。

 なかなか面白い具合で手玉に取られた静馬は、歯を細い指から離し、噛まないよう気を付けて答える。

 「は…はのな…。」

「『あのな』っね。何かしら。」

 「ひま…今、俺に飲ませたヒ…血は…ほまふぁい、ほと…」

「『細かい事を言うけど』。」

 楽しげに通訳を務める、月紫。

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