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杯ノ八百五十一

 そうして、目に映る顔色はしおらしいものの…。彼の頬に寄せられた左手では、人差し指と親指が…パクパクッ…くっ付いたり、離れたり。意外と、『食っちまえ』の提案は、満更でもないのかも知れない。

 静馬はその動きを、右目を細めつつ、こそばゆそうに窺いながら、

「何か、気に食わないところでもあるのか。」

 「気に食わないと言うか…く、くっ、食うって…。」

 また寝惚けたカメレオンみたいに、パッと顔を赤らめる、月紫(つくし)。大きな瞳を、あっち、こっち動かして、やっとこさ場違いに気付いた様だ。よく加熱された溜息を一つ。

 「た、食べられる訳がないでしょう。だって…それは、静馬の一部なのよ。」

と、酷く陰惨な会話が続く。しかし、彼女の言葉付きから感じられる躊躇(ためら)いは、嫌悪感と言うより、羞恥心。

 『人の肉を食べる』。そんな話題を持ち出して置いて、照れてばかり。まるで『間接キスに戸惑う女子学生』の様な反応。こうした部分も、やはり、月紫の吸血鬼としての側面なのだろうか。

 さて、美貌の吸血鬼の『側面』を眺める楽しみは、一先ず、置くとして…。真っ赤になった少女と向かい合う顔へ…静馬の頬という一部分へ話を戻そう。

 意外な事は続くもの。静馬は、どこか驚いた風に、どこか興味深そうに尋ねる。

 「へぇっ、意外な反応だな。」

「何が…私の何が意外なのよ…。」

 勘の良い月紫さん、たちどころに、彼の口振りの中の『未知の生物を観察』するが如きニュアンスを察知。赤色冷めやらぬ口元から、鋭い牙を覗かせた。

 これに対して静馬は…ちょっと、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ…成る丈、誠実な声色で応じる。

 「いや、あんたの…と言いますか。虫の…蚊っているだろ…。」

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