杯ノ八百四十八
そのウインクが、頬っぺたの芯まで響いたか。ギュゥッと右目を固く閉じたまま、反対に、左の口の端では不敵な笑みを浮かべる。
「出し抜けに…いきなり…こっちの頬を霜焼けにされたみたいで…。血の気が戻ったかと思えば、ヒリヒリッ、ヒリヒリッ、痛いのなんのって…。」
話の途中にも、目元から流れた血の筋の些細な刺激に、大袈裟な痛がり様。そんな素振りに、月紫は左手を彼から離し切れず、近づけられもせず…まだ掌に残る温もりを求め、少しだけ指を丸めた。
「確かに…私は奪ってばかりだわ。静馬から両親を奪い…。」
「こっちは、奪われた積りなんて更々ないんだがな。家族を、夫を、恋人を…取ったの、取られたのって話は、あんたと、母さんの問題だろ。俺はその恨み辛みの、代役としてきただけで…。したがって、大義名分もない真似をした報いに…あるいは、罰として…あんたに命をくれてやろう。本音は、便乗して、あんたに殺されるべく企んだと…。」
頬を痙攣させ、いけしゃあしゃあとのたまった、静馬。右目も薄らと開けて、自分と同じ様に血で汚れた彼女の顔が見えている。何とも言えない表情を浮かべたこの顔が見えていて、よくぞ、最後まで語り終えたものだ。
こうまで好き勝手言わせて、話の主導権を『奪われて』…。それでも月紫が何も言い返さないのは、本心から、『自分は多くのもの奪い取った』と思っている。その自覚ゆえであろう。
静馬は真っ直ぐに、血塗られた彼女の顔を、『気持ち』を見据えた。…そして、視界の端で戸惑っている小さな手に、差し出すかの如く…軽く首を傾げ、真っ赤な頬を寄せる。まるで、『今が、抓る時だ』と促すかの様に…。




