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杯ノ八百三十

 「何しょぼくれているんだ。」

「だって…。」

 その落胆具合は、静馬(しずま)にとって予想外のものだったのだろう。ほとほと弱った顔付きを下げて、言葉の一つでも掛けようと俯く彼女を覗き込む。そして…自らの勘違いに気付いた。

 「おまっ…あんた、泣いていたんじゃないのかよ。」

「だって…。」

 「何をそんな…不気味な顔して笑っているんだ。」

「だって…だって…ねぇ。しょうがないじゃない。静馬が悪いのよ。」

 彼が『不気味』と評した面相で、ニヤニヤッと笑い続ける、月紫(つくし)

 …彼女の愛らしさをもってすれば、並大抵の変顔ではその魅力をかき消せない。鋭い牙も上手い具合に、あどけなさを強調してくれる。だがしかし、今度の笑顔は…女性的で、人間味溢れるこの顔は…著者の目から見ても、不気味だ。

 居心地悪そうな(うめ)き声を漏らす彼に、月紫は艶っぽい声色で続ける。

 「勇雄(いさお)が私を愛したから、静馬は寂しい思いをする事になった。…申し訳ないと思っているわ。…申し訳ないけれど…だって…ねぇ。『勇雄が私を愛したから、静馬が寂しい』って…それってつまり、静馬が私に焼きもちを焼いた…と言う事よね。そんなの…静馬、可愛すぎる…。不謹慎だけど、こそばゆくて…何だか、堪らない気分になっちゃう。」

 なるほど、そうした事を思いながら独り悦に入っていたと…。そりゃあ、不気味な顔になる訳だ。

 合点のいった静馬も、心底、下らなさそうに、

「お楽しみのところ邪魔して、こっちこそ、申し訳ないんだが…。俺は何も、『あんたに焼きもち焼いた』とは一言だって…。」

 「言われなくてもそれくらい、解るわよ。照れちゃって、本当、可愛いんだから。」

 聞いちゃいない。

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