杯ノ八十三
しかし、その明瞭な『現実感』のお陰で、青年もようやく我に返る事が出来た。
まずは何を置いても…首の薄皮が爪で引き裂かれるのもお構いなしに、左手を己の首から引き抜く。
それと同時に、激しく咳き込みながらも、まぁ、これで何とか一命は取り留めたか。それにしても…一命か…。
青年は荒い息を吐きながら、鏡面の様な石舞台に映る、ドロドロに溶けた様な自分の顔から、目線を棺の縁へと上向けた。…そう言えば、意識は濁り、目の焦点も定まらない様な状態で杭を振り下ろしたものだから…青年は、童女の胸にしっかりと杭が穿たれているのかを、その目で確認してはいない…。
大息と共に、ガチガチに凝り固まった両肩から力を抜く。そうしてから、青年は縁に掛けた左手の指で棺を引き寄せる様にして、顔を上げた。
何も変わらない…安らかな寝顔も、敷布団の白牡丹を撫でる小さな手も、光の粒を捕まえて離さない髪も…何一つ、彼がこの棺を暴いた時の、そのままの姿で時を止めている…童女の胸に、グサリッと、白木の杭が穿たれている事を除いては…。
それにしても、深々と刺さっているな。青年自身、『童女の肉体を貫いた』という手応えの危うさ、覚束なさに、自分の冒した所業がこれほど明確な形を成しているのを見るその瞳は…まるで、不可解な物を見つめている様に当て所も無い。
青年はその目で童女の無残な姿を見つめ、その手で、細い肋骨に挟まれてか、固定された様に動かない杭を握り締めて…更に数分の時が流れる。どうやら、彼は待っているらしい。目の前の吸血鬼に起きる変化を…。
(物語や、伝説によれば…吸血鬼は白木の杭で心の臓を貫かれると、一握りの灰となり、死滅するとか…。)
杯ノ八十三を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
いやぁ、青年のやつったら、ブスリッといっちゃいましたねぇ。えかった、えかった。…即興小説だけに、その時の気まぐれで何もしないで帰ったらどうしようかと…。
まっ、ドデカイ伏線が胸倉に突き立てられた事で、しばらくは執筆が楽になりそうで…自分が手抜きしないかだけが心配ってところでしょうかね。
それでは、また、冷水で顔を洗って…でも、冷たすぎたので結局、蒸しタオルで顔を温めてから…気を引き締め直した、次回の梟小路の綴る文章でお会いいたしましょう。




