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杯ノ八百二

 『我が(まま)な私を、皮肉っている』。そう言って(ほお)赤らめた、月紫(つくし)。彼女の言葉の表でもなく、裏でもなく…思いの丈の全てを指して、半分なのだとしたら…彼女自身にも見えていない、もう半分の『気持ち』が隠れて居たとしたら…。

 静馬を思うあまり、彼女自身が拒んだ…彼を『王子様』にする事で見ないで済む…そんな『気持ち』が、『月紫』という思いの裏側が存在しているとしたら、どうだろうか。…彼女は耐えられるだろうか。

 冷めやらぬ思いを外連味(けれんみ)に寄り添わせ、ゆったりと小首を傾げる、月紫。握られ続けた右の手首から先には、痺れすらない。有るのは淡雪の如く静馬の手の中で溶けていく感覚…その、気の遠くなる様な繰り返しだけ。

 これには流石の月紫も、やや顔を青()めさせて…それでも、やはり、口元に(たた)えた微笑みは消えない。

 「身も心も(ささ)げている…そんな積りだったのだけれど…『半分』…か…。何だか、俄然、意欲が湧いてきちゃうな。まだ半分…もう半分、静馬へ上げられる『気持ち』がある。そう思うだけで…。静馬を困らせるんじゃないかと、ブレーキをかけて、遠慮していたのが馬鹿みたい。『半分は、不正解』だなんて、見縊(みくび)られるくらいなら、そうね…。(ひざまず)きもせず、胡坐(あぐら)をかいて座り込んだ『王子様』なんかに、易々と、手は取らせなかったわ。…『だから、この手を放して欲しい』とは…露も思ったりしないけれど…。」

 背筋を伸ばし、顔を上げ、だらしなく肘の落ちた右腕を彼に委ねて、

「一滴の夜露に変えるなら、天邪鬼(あまのじゃく)な『気持ち』じゃなく…その時こそ、身も心も…。」

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