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杯ノ七百八十八

 『どんなに些細な一言であっても』、『水の泡なんかにしたくない』。それは、流れに従って揺らめく水堀の紅と、揺らぐ事無く彼を見つめ続ける瞳の紫に似た…妖しくも、魅惑的な、二葉。…ところがどっこい、静馬(しずま)にしてみれば…。

 (『例え軽はずみな発言でも、聞き捨てにはしない』と、そう言う事だな。)

と、そんな具合に聞こえる訳だ。

 だが、そこは、二十数年を歩んできた青年の処世術がある。

 「そうか。あんたが、あんた自身を労わってくれるなら…それが一番良いに決まっているもんな。ところで、『王子様』の…皮肉った言葉の、説明がまだ続きだった。」

 …所謂(いわゆる)一つの、『話をすり替える』という手法。平坦な道を生きてきていないだけあって、なかなかに、壁をすり抜けるのが上手い。…しかしながら…。

 「俺もいい加減、『指輪』の問答にけりを付けたいし…『代金は親父持ち』ってとこを、ごねる積りはないけど…。」

「その前に、静馬…。一言、二言…良いかしら。」

 立ち塞がる壁にばかり気を取られ、足元は…血の池から伸びる白い手には、意識がお留守だったか。

 (あたか)も濡れた手に足首を掴まれたかの如く、息を飲む、静馬。しゃっくりするみたいに漏れ出した音へ、月紫(つくし)はニッコリッ。赤く染まった口元を綻ばせ、妖艶に笑った。

 「私は何も、『お姫様』…と呼ばれるのが、嫌な訳じゃないのよ。この(なり)だと、年相応に扱う方が難しいでしょうし…。それが解っている分、二百は下の貴方に…年若い静馬にそう言われるのは、やっぱり、少し恥ずかしいのだけれど…。」

 月紫はそこで唇を閉じると、

「うーんっ。」

 紅茶の香りを吸い込む様に、ほろ苦い笑気を一つ。

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