杯ノ七百八十五
「当然でしょう。…だって…静馬には、私が居るんだもの…。」
「…だな、恨み辛みの捌け口がある孤独なんてのは、贅沢なもんだと俺も思う。」
「二十歳そこそこの坊やの癖に…。生意気言うんじゃないわよ。」
自分の口元が真っ赤なのも忘れた様子で、顔を上げ、鼻息を零す、月紫。一層強く、一層深く、右手を握り締め、指を潜り込ませる。そうしたところで、彼の手を繋ぎ止める何の保障にもならない。彼の心変わりを掴み止める力にはならない。それでも…それだからこそ…離れそうで離れない大きな両手が、嬉しいのだろう。
だがしかし、あまりしげしげ見つめられると、血に染まった口周りならずとも…頬と言わず、耳と言わず、潤んだ眼差しと言わず…顔が赤くなる。そんな訳で月紫さん、まずは、
(さっきまで、意固地になって目を逸らしていた子が…。これくらいの事で、絆されてやるもんですか。)
と、苦虫を噛んだかの如く、厳しい呻き声を漏らす。その様な手順で、『まだまだ気に食わないんだぞ』とアピールしてから…右手と、頬の強張りを緩めた。
「まぁ、それでも…解っているのなら、良いわ。…じゃあ、そろそろ、『王子様』って台詞に静馬が込めた皮肉の、種明かしをしていただこうかしら。」
大仰に小首を傾げ、気怠(けだる』そうにお喋り。かてて加えて、扇子は…ないから左手で、首筋の辺りをヒラヒラと扇ぐ。さながら『貴婦人が従者に指図する』様な、月紫の振舞い。…しかし、それが余計に、『王子様』気分から遠ざけようとする心遣いを感じさせて…本当、優しくて、優しすぎて、何とも甘え甲斐のない女だ。
頷く様に、静馬は大きく口を開けて、笑みを零した。




