杯ノ七百五十
噛み付く様に声を荒げ、月紫が続ける。
「静馬に応えて上げるには…。私を頼よって来てくれた…私を頼りにしてくれている…その『気持ち』に応えて上げるには、それしか…。」
思いを口にする度、一層頑なになる小さな右手。わなわなと震えながら、点々と、赤い涙を滴り落とす。
最早、開こうとしているのか、閉じようとしているのかも解らない…。静馬はそんな彼女の右手とともに、ゆっくり、両腕を下ろして、
「『頼って』…ね。俺は確か、鬱憤晴らしで、あんたへ杭を打ち込みに来たはずなんだが…。」
「静馬がどう思おうと、貴方は、私を頼って来てくれた。それは変わらないは…そうに、違いないのよ。…なのに…。」
悔しげな、嗚咽の様な声が月紫の喉を鳴らす。同時に、静馬の両手を押し返していた握り拳が、虚空を掴んで固まった。
「どうやら、あんたが大手を振ってここへ出られない理由は、その辺りにあるみたいだな。まっ、独り言だが…。」
月紫はちょっとだけ口元を綻ばせると、ガクリッ、頷く様に、俯く様に、項垂れる。
「どんなに思っても、どんなに我が身を削っても、私じゃ…静馬の本当の願いを叶えては上げられない。私じゃ…静馬の本当の願いは、私なんかじゃないから…。」
自嘲的に笑う彼女の小さな肩を見つめながら、静馬は…んっ、何やら、訝しげに眉を潜め、
「『俺の本当の願い』、『あんたじゃない』…って、おい。まさか、あんたは、俺が『親父たちを取り戻したい』と、その一心で…あんたから奪い返すくらいの積りで、杭を持って乗り込んできた。…とか、考えているんじゃあるまいな。」
馬鹿にしていると言うより、うんざりした様な静馬の声。




