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杯ノ七百三十八

 胸を満たす彼女の優しい声だけは、どんなに仏頂面をして、どんなに息を止めようと、冷たくあしらえない。邪険にするには…少しばかり、心地よ過ぎるか。静馬は大きく息を吐いて、息を吸って、深呼吸。小さな愛想笑いで口元を緩ませ、反論も、返事もせず、何食わぬ口調で呟き始める。

 「あんたがそのまま、力一杯右手を開いたら…。実際、そりゃあ、大変な有様になるだろうな。あんたの言う通り、一面が血で斑模様になる。それもさる事ながら…酷い目に合うのは、何と言っても、あんた自身の右手だろ。」

「覚悟の上…ですけれど、私の右手を酷い目に合わせたくなければ、静馬が手伝ってくれたら…。」

 「この調子で力を入れ続けると、千切れるんじゃないか。」

「えっ…。」

 「(てのひら)の骨と筋肉に、がっちり捕まっているあんたの指の話だよ。」

「…えっ…。」

 見る見るうちに青くなる月紫の顔。元々、静脈の透けて見える程、真っ白な素肌。そこへ青味が加わった日には、心細さが増して、気の毒なくらいだ。

 小さな身体を揺らす震えが、今度は反対に、肩から右手の方へ。そうして、末端へと感覚をたどってみれば、気付く。右手の痛みは、指先が食い込んだ掌だけではない。握り込んだ指の節々が、取り分け、指の付け根が酷く痛むのだ。

 (これって、静馬の言う通りの…じゃあ、私…どうしよう。ううん、ここで、助けを求める様な目を向けていたら、元も子もないわ。指の一本や、二本、千切れたからって何だって言うのよ。痛いだけで、取れたらまたくっつけるなり、新しいのを生やせばいいでしょう。丁度、薬指の、節の形が気に入らなかったところだし…古いのは、静馬の口にでも突っ込めばいいんだから…。)

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