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杯ノ七百三十二

 言うや否や、痛みを堪え半目になる紫色の瞳。口を挟んだ静馬の声も、

「ここ数十年、寝て待つ以外してなかったあんたにしては、良い心がけだな。まっ、話し相手くらいなら…。」

と、滑らかだったお喋りの調子を急に落とし、かき消える。

 彼の目の前で小刻みに震える小さな手。絞り出すかの如く、ポタポタッと(したた)り落ちる鮮血。

 音もなく(きし)みを上げる彼女の右手から、はてさて、何が飛び出すのやら…。

 「話し相手…嬉しいわ。静馬の声を聞いていれば、気が紛れる。…どうしたの、黙っていないで、話してちょうだい。」

 月紫(つくし)の口振りは、途切れ、途切れ。その間の一つ一つに、露骨なまでの『含むところ』が見え隠れしている。

 …警戒しようにも、目と鼻の先にあるその爆弾を凝視して…。静馬は月紫の促すまま、策略のまま、口を開いた。

 「どうする積りなんだ。」

「えっ、何のことかしら。」

 またまた態とらしく、苦痛を堪える様な大声。

 流石に、芝居っ気が過剰だったか。詰まらなそうに口を閉ざした静馬へ、譲歩して…あとは、多分、待ち切れなかったのであろう…月紫はさも可笑しそうに答える。

 「()ねる事ないでしょう。もう…。勿論、握った手を開く積り…どうするも、こうするも、それだけよ。」

 話の端々で大息を吐き、血の気の失せた顔を青白くする、月紫。そんな顔色と、答えを耳にして、静馬は気付いた。…そして、それは、『拗ねる』の一言を聞き捨てにしてしまう程、深刻だったらしい。

 鏡合わせの童女とは対照的に、目を見開いて、

「『手を開く』ってあんたまさか、牙も、左手も使わないで…力尽くで…。」

 そう尋ねた静馬の呟きを、月紫は待っていました…と、鼻で笑う。

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