杯ノ七百二十六
声を弾ませる様に、潜ませる様に、笑顔を浮かべた唇を大きく動かす。それから、右拳をゆっくり伸ばして…トンッ。月紫が軽く、静馬のシャツを小突いた。
彼女の右手が離れてもなお、自分の心臓の部分を、シャツに押された真っ赤なスタンプを見つめ…。静馬は小さく笑う。
「何もかも、考えた上での行動しているのかと思えば、何も考えていない。全部が、即席、即興の寸劇みたいなもの。あんたと俺に共通点があるとしたら、そんな部分なんだろうな。」
彼のその言葉に、真っ赤な右拳へ目線を落としていた月紫が、クスリッと微笑む。
「そうね。何も考えないで、何も考えていなかったはずなのに…例えそれが、即興の寸劇であっても…一生懸命に考えて答えを出さなくちゃ、終われない。行動せずには居られなくなる。…そう言ったところ、似ているわね、私たち。片や『甘えられ慣れていない女』、片や『甘え方を知らない坊や』だけれど…。」
「やけに『坊や』を引っ張るんだな。」
「悔しかったら、私の事を小娘呼ばわりすると良いのじゃない。」
「いや、遠慮しておくよ。…それにしても、シャツまで血染めにしてくれちゃってまぁ…。」
「静馬の方こそ、私の一張羅を台無しにしたでしょう。だから、おあいこよ。」
さも楽しそうに笑気を漏らす、月紫。その吐息に誘われて、顔を上げた静馬が、
「『一張羅』って、棺桶の中であんたが着ていたパジャマの事か。あれとこのシャツじゃ、大分、釣り合い取れていない気もするが…。まっ、あんたさえそれで良いなら…良いのかな。」
「そう、そう。私さえ良ければ、静馬だって良いのよ。」
「どうしてそこで、俺が巻き込まれ…て、俺が一張羅を台無しにしたからか。」




