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杯ノ七百二十四

 静馬の右手が離れていく刹那(せつな)、クイッ。左の中指を少しだけ曲げて、その余韻だけでも繋ぎ止めようとする、月紫(つくし)。しかし、彼女の(てのひら)に残ったのは、輪を描いた血の跡だけ…どうやら、そう言う訳でもなかったらしい。

 傷の癒えた左手に瞳を落とす。そんな彼女の表情を見つめながら、静馬が足元のタオルへ手を伸ばして、

「あっ…しまった。あんたの血で、水溜まりが出来ているのを忘れていた。代えはもう持ってないしなぁ…そもそも、これじゃあ、リュックの中身からして使い物になるのやら…。あんたもさ、笑っていないで、少しは知恵を貸してくれよ。どうするんだ。明りは…夜目が利く様に成っている…から…。懐中電灯は要らないにしても…。手は血塗れ、脚はびしょ濡れで、ここを出る羽目になるんだぞ。…って、考えても、どうしようもないんだろうが…。」

 溜息混じりにそう言うと、真っ赤になったタオルを…これもどうしようもない…血溜まりへと戻す。生々しくも、わびしいその様子と鏡合わせで、月紫はポツリッ。

 「左手の中指にする指輪は、直感を与えてくれる。…だったかしら。こういったもののご利益も、案外、馬鹿に出来ないわね。…決めた。私、これから、左手の中指だけは指輪を欠かさない事にする。どう思う、静馬。」

「へっ、あぁ…良いんじゃないか。積極的な、ここを出ようって動機になるのなら…。ところで、俺の話、考えてくれてますか。」

 呆れた様な彼の目線へ、ニッと不敵な笑みを返す、月紫。左の掌に残った赤い輪を、しっかりと握り締める。

 「静馬は私のお願い通り、ここを気持ち良く後に出来るよう『手助け』をしてくれた。だから、次は、私の番よね。」

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