杯ノ七百十五
したらば、当然の、静馬が斜に構えているのも込みで…通じていない。月紫がどんなに近づこうと、どんなに真っ直ぐ前を向こうと、鏡面の如く繊細な彼の心には、映り込まない部分がある。
そう、月紫自身が決めた『正面』からでは、どうしたって映り込まない『気持ち』が確かにあるのだ。
(なんだ、私の思い、一から十までかわされていた訳じゃないのね。単なる魅力不足。貧相な容姿に甘んじていながら、現状を活かす努力を怠っていた。それで…そんな理由から、静馬に届いていなかった『気持ち』も…きっと、少なくなかったのじゃないかしら。きっと…そうよね。)
ホッと一息。月紫は心底から、安堵の思いを吐き出す。頑張り次第ではまだ、彼に『気持ち』を伝える余地が残っている…自分の姿は、彼の心の鏡に映り込む事が出来る…。
物語の吸血鬼は皆、鏡に映りはしない。鏡の前でおどけた顔を作り、笑って見せたとして、そこに映し出される自分の顔を想像したりしないであろう。
それに比べて、月紫は幸せ者だな。何せ、笑って、泣いて、怒る度、様相を変える鏡が…表情を変える静馬が目の前に居てくれる。だから、自分の感情が透り抜けるのを思えば、彼に『気持ち』が届かないのも、彼が真っ直ぐにこちらを向いていないのだって、屁でもない。
月紫にしてみれば、むしろ、
(私が強く思えば、思いを伝えるため心を砕いたなら、いつか…いつか、静馬は私の『気持ち』を映して、反してくれる。そうしたら、そんな時がきたなら必ず、私が静馬の『気持ち』を受け止めて…絶対に、絶対に…『甘え慣れていない』なんて台詞は、撤回させてやるわ。)
と、かえって意気込みを新たにする。




