杯ノ七十一
案の定、あっと言う間に手首から下の感覚が怪しくなっていき…数秒後には、肌触りが感じられず、水の重さだけが解かるという状態にまで両手は冷え切った。
青年は、流れ落ちる水の中で、ゆらゆらと揺れ動いて見える手の像に視線を落とす。
(俺がこの水をがぶ飲みすれば…それで俺の具合が悪くなるなり、俺が死ぬなりすれば、この水が鉱泉水なのか…そうでないとしても、生物に有害な毒を含んだ水なのかは解かるだろう。だが…それは、主客転倒っていうか、あまりにもナンセンスだよな。俺が知りたいのはあくまで、棺桶で眠っている『あの女』が吸血鬼なのかどうか…だからな。)
そう虚ろな瞳で沈思黙考していた青年は…唐突に、苦笑いを浮かべて、
「そうなると、やる事は一つだよなぁ。」
と、何故だか言い訳する様に、誰にともなく甘える様に、猫撫で声で呟いた。
それから…今度もまた、まったくのいきなりに…鼻歌混じりにごしごしと、身を切り裂く様に冷たい湧水で、両手の汚れを洗い清めだした青年。…ご機嫌なところ、傍目から邪推をして申し訳ないのだが…何かこう…よろしくない予感がするのだが…。
青年は丹念に両手を洗い、洗っては取り出して…おっと、爪の間にまだ泥がこびり付いているな…と見るや、また、上機嫌で両手を冷え冷えする流水の中へと押し込む。そんな、見ているだけで手の皮の下がむずむずとする様な作業を何度か続けて、青年はようやく納得いったらしい。
パッパッと、感覚が失せてずしりと重くなった手を払い、水滴を落とす。それから、青年は気取った様な滑らかなターンで、石舞台を振り返った。
洗い清めた手を汚すまいと、医者がする様に両手を掲げ…隙間から覗くのは、笑顔…。
杯ノ七十一を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
もう、七十話を超えてしまいましたか…まさか、ここまで掛っても未だ、吸血鬼の登場が成されていないとは…始めた時には、予想だに出来ませんでした。『吸血鬼』というジャンルからこの作品に目を止めて下さった皆様には、本当に申し訳ない事をしております。後、熟女な吸血鬼が目当てだったという皆様も、多分、スンマセン(^v^)
とにかく、読んでやって下さっている皆様の期待に応えられる様、これからも出来うる限り努力させて頂きます。
それではまた、次回の、梟小路が全身全霊で綴る文章でお会いいたしましょう。




