杯ノ七百六
かえって月紫の方が呆れた風で、唇を尖らせ…でも、少し楽しそうに苦笑を漏らした。
「あーあっ、また、かわされちゃったか。そもそもは、『心の準備』とか言って、『気持ち』を前に出したのが良くなかったのよね。」
「『かわされた』…何の話だ。」
「ううん、こっちの話。」
態とらしい呟きを、静馬に拾ってもらって…かつ、それを今度は自分がかわして…。多少は機嫌も良くなったか。月紫は軽く瞼を落とし、小首を傾げる。
「それじゃあ、静馬、残っている指もお願いできるかしら。勿論、貴方の食指が動いているのなら、そっちにかまってあげて…。私の痛む…痛くて、痛くてしょうがない指は、後回しで結構よ。」
「さっきまで凹んでいたやつが、お次は、突然の饒舌か。忙しない事で…。」
「本当、まったくだわ。」
「おいおい、他人事扱いかよ。…それで…。」
軽く一拍分置いてから、静馬が言葉を継ぐ。
「俺は、『あんたの指を引っ張り出す作業』を『続けれ』ば良いんだな。」
答えを待たず、一際深々と食い込んだ中指に手を掛ける。そんな静馬へ、傾げた顔でニンマリッ、柔らかく微笑んで、
「えぇ、お願いね。それから『独り言』の方も、私が相槌を打ちやすいよう、適度に、よろしく。」
この言い草ときたら…。彼女の厚かましい…もとい、甘え上手には、静馬も思わず口元を綻ばす。胸に残るわだかまりを、不安なざわめきを掻き消すかの如く…。洞窟の空気に、歯の根を冷やして…。
「好き勝手言ってくれるが、まぁ、解りましたよ。『独り言』の方を『適度』にって事は、手作業を優先で良い訳だ。」
「あらっ、そんなことを言わず、お喋りも頑張って下さいな。」




