杯ノ七
青年は、ダークブラウンの油絵の具で出来た子爵の双眸を見つめながら、またもや彼の父親の事を思い描いていた。…彼があんなにも嫌っていた父親の事を…。
(親父の話によれば、この有栖川子爵は相当な普請道楽で、ことあるごとに記念だの、何だのと理由を付けては、この館を建て増ししていったとか…。その果てが…古き良き違法建築の集大成としての、館の現状と言う訳だ。そして、そんな歴史あるトンデモ建造物に興味を持ったのが、当時、大学の建築学部に在籍した親父だった…。)
勢いを増した風が、青年の身体をかき分ける様に通り過ぎて行く。その拍子に…階段の上で立ち止って居た青年の身体がぐらりと揺れて…慌てた青年が前のめりに階段へと倒れ込んだ。
ドシンッという鈍い音が、階段脇の大理石の手摺りを上へ、下へと伝わっていく。…危ないところであった。しかしながら、青年自身の好判断で命拾いをしたと言えるだろう。
もし、青年が身体を階段へ向けて倒れこませていなかったとしたら、彼は今頃、この階段を転げ落ちていたところであろうからな…。
青年は階段の上に這いつくばった姿勢のままで、大きなため息を一つ。今更、埃など気にも成らなかった。
…っと、両の手がずきりと痛む。気付けば、階段を掴んでいた掌に、その角がずいぶん深く食い込んでいたようだ。それが、青年の心臓の鼓動が速くなり、血行が良くなったことで今更ながらに疼きだしたのだろう。
青年は、真っ直ぐな赤い線の走る埃まれの両手を見つめる。そして…ずきり、ずきりと、確かに皮膚の底を血が通っている事を実感しながら、この洋館を訪れて初めて…小さく、笑った。
『貴女を啜る日々』を投稿し始めてから、遂に、一週間が経ちました。 そして、本日も平常運転の七百字ぴたりでの更新でござい(^v^)後は…吸血鬼さえ出れば、吸血鬼さえ出れば…っと考えつつも、結構、この小説を綴る日々を気に入っている梟小路であったとさ…。
そんなこんなで、次の梟小路の文章でお会いするまでの、暫しのお別れです。杯ノ七を読んで頂いき、本当に、ありがとうございました。




