杯ノ五十四
(子守唄だな…吸血鬼の為の…。)
と、青年は少し、眉間に皺を寄せた。
それは…その音は…滝壺へと流れ落ちる水が奏でる鳴動は…こうして心音を埋めるが如く耳を澄ませば…自分が今、何か大きな生き物の体内にいる様な…いや、あえて、踏み越えて来た道を振り返らずとも青年には解かっていた。だからこそ彼は、このどこか有機的なノイズを、そしてどこか懐かしい旋律を『子守唄』に例えたのだ。
そう、この洞窟の岩盤を浸透して青年の耳へと届く音色は…善人にも、悪人にも…それぞれの道へと分かたれる誰しもが、生まれ落ちる前に浸されていた安らぎ。…それは、子宮と言う揺り籠の中で聞いていた、最初の子守唄…母親の心臓の脈打つ調べ…。
青年は鼻をヒクつかせてたどたどしく息を吸う。それから一心に、細い光の先を開き切らない瞳で見つめた。…それはまるで、羊水の中に浮かぶ赤ん坊が、未だ見ぬ世界を見つめる様に…。
ゆっくりとした視界の回転が収まった頃、中心の一点を覗いてその全てが、暗闇に覆われていた。
…そうだった。ここは日の差し込まない洞窟の中だったのだ…。
青年の目の前が真っ黒に埋め尽くされて行ったのは、何も青年が立ち眩みを起こしたからなどでは無い…それが青年の歩み入った世界の真実だった…ただ、それだけのことなのだ…。
ここが息苦しい洞窟である事を再認識させられた、青年。しかし、その顔は…どこか可笑しそうに、どこか安堵したかのように…なぜか笑っていた。
青年は、自然と小さくなっていく脚の震えを踏み潰す様に、一歩踏み出すと…、
「母さんの子守唄か…俺にとっては鳥肌もんだな。」
…お前も大概、可愛げのない赤ん坊だと思うよ…。
杯ノ五十四を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
物語は遂に、『あの女』を手の届く範囲に捉えた感がありますなぁ。…それで、梟小路はふと思いました…。
『そう言えば、キャラクターの名前とか一切考えてなかったけど、キャラ名も事前に用意しないで…登場させる回に即興で考えなきゃならないのかな…。まぁ、それはそうだよなぁ…。』と…。
正直、この『キャラクターの命名を即興で』と言うのが、『貴女を啜る日々』における最大の難所かも知れません。しかしながら…その時に成るまで目を瞑っていることが大前提の当小説では、実際に、名前を作品で記すまでは考えなくて良い訳ですから…ある意味では気楽なものですけど…あくまでも、その時が来るまでは…。
それでは、また、かなり戦々恐々気味の梟小路が綴る、次回の『貴女を啜る日々』でお会いいたしましょう。




