杯ノ五十二
時計の秒針よりも少しだけ速いリズムを刻む、心臓の鼓動。そして、洞窟を進めば進む程に、大きく、深く、青年を包み込む…止む事無く流れ落ちる水の音。
青年は瞼を閉じ、肩に左耳を押し宛てたままで、小さく口元を綻ばせた。
「やっぱりね。思った通りだ…。」
そう言う不敵な笑顔もなかなかに絵になる様に思うが、ここに彼以外は居ない事と…聞き様によっては今の台詞、何となくさっきつま先をぶつけた事への言い訳に聞こえなくもないのが…残念ではあるが…。
まっ、青年をいじめるのはこれ位にして…我々も青年の後に続いて、足元の岩を乗り越えてしまおう。
どうやら今の岩壁の出っ張りが、この洞窟最後の難所だった様だな。
つい今しがたまで、大きくのしかかる様に青年の首を酷使していた天井は一段も、二段も高くなり…地面の傾斜も無くなっている…。
青年は随分と余裕の出来た左右の壁から、両腕を離した。
それから、靴底で洞窟の地面を撫でてみたり、軽く踏みつけてみたりして足場の具合を確かめる。
(ここからは、洞窟の住人の為に足元が舗装されているって訳だな。)
小さくタップしただけの足音が、恰も、爆竹の破裂する音の様に洞窟内を反響する。
青年は懐中電灯の光を正面へ…前に出した右手が震える…リュックサックのアームの痕の付いた頬を掻く、左手が震える。瞳孔すらも、洞窟の先にあるものを見たくないとばかりに収縮して…目と鼻の先で小刻みに震える光芒が、視界の中でか細くなっていく。
「やっぱり…思った通り…あの女の寝床は、滝の裏側にあるんだな。」
と、誰にともなく確認する様に発せられたその声も…震えていた。
見通しの効かない闇の中、洞窟全体が波間に漂う様な錯覚。
杯ノ五十二を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
…ククッ、やってやった、やってやったぞ。きっちりと、『滝』を伏線としてストーリに組み込んでやったぞい。
これはもう、伏線中毒者の面目躍如と言うほかないでしょうね。ふっはっはっ…いや、それほどの事でも無いのかな…。
すいません、即興で思い付きが案外と上手いこと繋がってくれたもんで、遂、興奮してしまいまして。
それでは、また、次回の伏線中毒者(自称)梟小路の文章でお会いいたしましょう。




