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杯ノ四十四

 しかし、それでも…砂埃に顔を背け、片目を堅く閉じていても…青年の笑みは、屈託の無い充実感に輝いていた。

 青年は、ペッペッと、口の中でざらつく土壁の破片を吐きだした。そして、再び、勇ましい笑顔を正面へと向ける。

 「自分の息子を砂塗れにしてどうする積りだよ。粉掛けるんなら、女だけにしておけよな。」

と、青年は次から次へ前髪から滑り落ちる砂粒に笑いを(こぼ)した。

 そうして一頻(ひとしき)り笑ってから…青年は味の濃い笑みで首を左右に振り、頭の砂粒を払い落とす。

 その駄々をこねる様な、あるいは、自分の中に巣くう駄々っ子をあやす様な…そんな陰影に際立った、青年の大人びた顔貌…。

 今ならばはっきりと断言できる。青年がこの洋館を訪れた理由…肩に担いだリュックサックに、口から飛び出すほどの『腹立ち』を押し込んで…彼がこの洋館に命をかなぐり捨てるかのように挑んだその訳は…実在するのかどうかも定かでは無い、父親の昔の恋人に…吸血鬼に文句を垂れる為などでは無い。

 青年は、確かにここに存在する父親の面影に…彼が残した痕跡に会う為にこの洋館を訪れたのだ。…後、場合によっては物見遊山ついでに、父親の…おそらくは成就することのなかった…その恋路(こいじ)の行き着く末路を見物する為に…ちょうど、今の様な表情で…。

 月が地平線へと向けて下降の一路を辿り始めた。背を反らした恰好の青年は面白おかしそうな顔で、その動きの無い動きに目をやる。

 「充分に人の夜も更けた…これ以上、ベッドに女を待たせておくのは野暮ってもんだろ。まっ、あの女の場合は、棺桶に収まってるって可能性も無きにしも非ずだけどな。」

 青年の声からは一切の力みが消えていた。

 杯ノ四十四を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)

 ところで、『粉を掛ける』は異性にちょっかいを出すという意味の慣用表現です。まっ、一応、補足と言う事で…。

 短いですが、また、次回の梟小路の文章でお会いいたしましょう

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