杯ノ四十二
「心配しなくてもいいよ。間違っても俺は、親父と違ってあの女に骨抜きにされるなんて事は無いからさ。本当だって…本当に、俺は…俺はただ、母さんの代わりにあの女に一言文句を垂れに来ただけなんだからさぁ…。俺がここに来た理由は本当に…それだけなんだ。それと…心配しなくても、武士の情けであの女には黙っておいてやるからな。」
と、青年は両足の踵を畳にめり込ませながら、一端、鉄輪を引く両手の力を緩めた。そうしてから、疲労に抗うのを休む様に瞼を閉じて…、
「どういう経緯で親父が、扉をこの土壁に隠したかまでは俺には解からねぇけど…一個だけ『確実だ』って言えることもある。…親父さぁ…扉の取っ手を一緒に塗り込めて仕舞わなかったのって…あの女も知らない…親父の独断だよな。だろっ。」
青年は声を弾ませてまだ見ぬ扉へ…閉じた瞼の裏に浮かぶ父親の面影に語り掛ける。そして再び、畳を踏みつける脚をピンッと伸ばし、全力で鉄輪を引き始めた。
しかし、『武士の情け』などと勿体付けた事を抜かした割に、青年にはまだまだ父親に言ってやりたい事が残っていたようだ。
食い縛る歯の根から染み出す血の味を、宙ぶらりんの舌の上で転がして…青年は、物に憑かれた様に月光を映す、乾いた瞳をカッ開いた。
「もう一度、必ずこの場所を訪れる。そして、必ずあの女に会う。その親父の未練がましい思いが…壁の向こうのあの女の眠る世界と、自分が取り残されるこの世の間に…せめて、扉の取っ手みたいなものだけでも繋がりが欲しかった。そうなんだよな。」
青年の言葉が壁の向こう側の『核心』に触れた事を示す様に、浮き出した土壁の一塊が、ゴトリッと床へ抜け落ちた。
杯ノ四十二を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
はぁ、それにしても…描写に念を入れると、それは文字数がかさむのは仕方ない事なんですけど…吸血鬼を(多分)目前に控えて、この足踏みとは…。流石に、ちょっと焦れてきますなぁ。即興で書いているだけに、特別…。
まっ、そうは言っても一番の心配事は、これを読んで下さっている皆様に『貴女を啜る日々』を楽しんで頂けているかどうかってことなんですけどもね。…っと、コメント、感想の類を催促してみたりして| |д・) ソォーッ…
では、次の梟小路の文章でお会い出来る事を楽しみ、『貴女を啜る日々』でお待ちしております(^v^)




