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杯ノ二百六十八

 「逃げたければ、逃げても構わないわよ。自力で逃げられるのなら…の、話だけれどね。」

「誰も逃がしてくれなんて、言ってないだろ。親父に聞かされていた程は…強烈な抱きつかれ方をされている訳でもないし…だったら、あんたみたいな美女に頬擦りされるのも、悪くはない。それも、2、3時間は、聞きたくない話を聞かずに済むオマケ付きとあれば、なおの事にな。」

と、情けなさを自認する格好で、ペラペラと、童女の挑発を()なしてみせた、静馬。

 彼にそう返された途端…おそらくは、眉根を寄せ、渋い顔をしているのであろう…童女の紫色の瞳が、半月を描く。

 「本当に、口が達者よねぇ。未だに信じられないわ…。どうして、あの勇雄の子供が、こんなにも弁舌爽やかに成るのかしら…。」

 童女はそう言うと、彼女の口振りからすると『静馬の思惑通り』、彼の頭を丁寧に膝の上へと戻した。

 (とぼ)けた笑いを漏らし、枕の位置を直す様に、童女の太腿で頭を動かす。そうしてから静馬は、からかい混じりの、しかし、どこか宥める風な口調で、

「別に俺、『逃がして下さい』とは頼んでないよ。なんだったら、もう一回、頬擦りしてみるか。」

 洞窟内に、如何にも『私は憤慨して居るぞよ』と言いたげな、唸りが響く。

 「馬鹿おっしゃい。『聞きたくない話』と言われて、どうして続けられますか。こっちは、貴方が興味を持ってくれていると思えば、くつろいで話を進めようと思って居たのに…。何か、肩透かしされちゃった気分だわ。」

 柔らかい膝の上、頭を左右の肩へ押し付け、首の具合を最終チェック。…すると、童女の紫の瞳が、ジロリッと、睨みを利かせ出したのに気付いて…静馬は愛想良く、口元を緩める。

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