杯ノ二十二
安物のレインコートを指で引き裂くかの様に、自らの胸倉に右手で掴み掛り、そして…窮状に追い詰められた人間の嗅覚は大したものだな…。青年はまるで知っていたかの様に迷いなく、一直線に、新鮮な空気を求めて懐中電灯の光が照らし出した板戸へと駆け込んだ。
歯を食い縛りながら、あらん限りの力で引き戸を横にずらす。するとここで、青年にとっては本日二度目の幸運が舞い込んだ。
ギュッ、ギュッと靴底を畳に埋める青年の駆け足が、突然の板張りの固い感触につんのめったのである。
青年の身体はスライドする板戸の動きに巻き込まれる様に、左肘を打ちつけ、胸倉を掴む右手の指を痛めながら、うつ伏せで板張りの床に叩きつけられた。しかし、まったく運のいい男だな、彼は…ただし、悪運だろうがな…。
それを今、板戸の向こう側に顔だけ出した青年自身が、驚きに見開いた瞳で実感している事だろう。
後ろから板戸の先へと扇型に広がっていく、懐中電灯の黄色い光。その青年の右手の熱気が乗り移った様な光を、天から降り注ぐ、冷たい光が掻き消していく。…雨はいつの間にか上がっていたらしい…。
だがそれでは、この音は、それに、青年の顔にかかる水滴は一体…んっ、待てよ…うつ伏せに成っているはずの青年の、何故に後頭部では無く、何故に顔へと水滴が当たるのか。
青年はその答えを求める様に…身体と板張りの床の間に挟まれた右手を引き抜いて、しっかりと板張りの床の縁を掴む。それから、左肘に更に負担を掛けながら、目線を床と平行な高さにまで上げた。そこには…、
(滝…かよ…。聞いてねぇぞ、親父…。)
雲間から覗く青白い月が、涼やかな風に乗せて滝の音を伝える。
皆さま、一読、ありがとうございました(^v^)
杯ノ二十二まで、個人的には…あくまでも、梟小路の個人的には、なかなか順調に書き進めて来れた様な気がしてます。…でも、どこまで行けば吸血鬼が出んのか…それが問題ですな。
まっ、それも即興小説故の妙味と言う事で、お楽しみいただけていれば幸いです。
次回の梟小路の文章も、お暇の折りには、読んでやって下さいな。




