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杯ノ二十

 何せ、青年が息の吸い方を思い出すまでもなく、背中への一撃が、『まずは吐き出せ』と、青年の肺の中身を空っぽにしてくれたのだからな。

 そのお陰で青年は、胸の中に溜まった(おり)を吐き切り、代わりに新鮮な空気…とは言えないかも知れないが…ともかく、深く息を吸い込む事が出来た。

 青年の身体は、戸板を押し倒し、もんどりうってその先の部屋へとなだれ込む。

 滑る様に戸板の上から投げ出されて、身体の背面のいたる所を、これまた真っ暗な部屋の床に擦り付けた。

 ただ、青年が頑固に脱ぐ事を拒んでいたレインコートに守られる形で、擦り傷は両手の甲と、うなじの辺りだけで済んだようだな。…蒸し暑いのを(こら)えた甲斐が有った訳だ…。

 青年はぼんやりと寝っ転がったまま、遂さっき右手に握った懐中電灯で、正面の天井を照らした。

 (これは、日本家屋で一般的な、木製の天井板か。それに…。)

と、青年はひり付く左手の甲をひっくり返すと、自分が仰向けに成っている床を撫でまして、

(これは…やっぱり畳か。こいつがあったから俺は、気絶もしないで助かっているんだな。…にしても、洋館の客間から馬鹿に長い階段を下って、着いた場所が和室かよ。山奥だろ、ここ。普請を続けた有栖川子爵殿下は、マジで頭可笑しかったみたいだな。…んで、こんな辺鄙(へんぴ)でイカレた館を訪れる方も、どうかしているわな。)

 青年が懐中電灯を握っていた右手から力を抜いた。天井に向けられていた懐中電灯が、パタリッと、乾ききった井草の上へと倒れ込む。

 そして青年は、吸い込んだ埃で粘ついた喉を震わせ、笑いながら…これは今のドタバタで頭を打っていたに違いない…何故か、背中で畳を圧し始めた。

 今回も読んでやって下さいましたか…誠に、ありがとうございます(^v^)

 本作も遂に、二十話を数える事が出来ました。実に、感慨深い。…さっさと、吸血鬼を登場させることが出来ていればなぁ…っとね…。

 さて、次の杯ノ二十一でとりあえずの一区切り。気持ちを切らさずに全力投球いたしますので、お暇な方はどうか、ミットをご用意の上、受け取って下さいな。

 それではまた、次の梟小路の文章でお会いしましょう。

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